2018年1月27日土曜日

韓ドラ時代劇 『軍師リュ・ソンリョン~<ジンビロク>~』メモ

09話。西人の没落、東人の分裂(南人、北人)

1591.6チョン・チョルは世子擁立の請願で流刑に処され、意見を共にした戸曹判書ユン・ドゥス、都承旨イ・ハンボクら西人が罷免。

儒教的な理想政治を目指すのは東人と同じだが自分の選択した国王で道学政治を夢みた西人の没落によって

通信使の報告以降、倭変の防備を主張した勢力は実質的になくなってしまう。

ここでチョン・チョルの処罰を巡り

東人がリュ・ソンリョン派の南人とイ・サネ派の北人に分れ倭変への防備はさらに迷宮入りした。

23話。閑山島の海戦
24話。飛撃震天雷完成。祖承訓、功名心を利用した小西行長の空城計に嵌る。小西行長は、なぜ義州に逃れた宣祖を追わなかったか?臨海君、順和君、加藤清正に捕まる。
25話。官軍と義兵の対立。宣祖、義兵率いる光海君を警戒。
26話。沈惟敬、小西行長と和議(50日の停戦)。が、…
31話。碧蹄館の戦い(あっさり)。
32話。幸州山城の戦い。
33話。沈惟敬、小西行長、和睦の密約。
34話。日本・明講和交渉。1593.6第二次晋州城の戦い(解説のみ)。イスンシン、リュソンリョンを励ます。
35話。宋応昌と小西行長の偽装外交。明は偽の使臣と降伏文書を日本に、日本も同様に明へ。交換。1993.6臨海君、順和君、解放。
碧蹄館の戦い後、隠密な講和が進む間、戦闘のない明の横暴は残酷を極めた。民の家を略奪するのはもちろん、婦女子をさらい軍営で世話をさせた。これを止めようとした朝鮮の官軍は殴られ、畜生の扱いを受けた。
当時の資料には明軍の略奪行為を比喩し"倭賊の略奪は粗いくし"、"明軍の略奪は細かいくし"と記されている。
36話。訓練都監(駱尚志が支援)、免賤法をめぐって。
37話。宋応昌は光海君に分朝して下三道の統括するよう提案するがリュ・ソンリョンが拒否せよと説得。
38話。159308李如松、遼東に撤退。1593.10還都。リュソンリョン領議政。加藤清正小西行長ら築城。

39話。宋応昌の計略ばれる。
40話。1594初め、下三道撫軍司(光海君、イ・ハンボク、ユン・ドゥス)
41話。1594.1ソン・ユジンの反乱。作米法をめぐって
42話。長門浦の戦い(ユン・ドゥスの計画)、イ・スンシンに加わった忠勇将ら義兵が加藤清正を攻撃。
43話。イスンシンが攻撃しなかったため、宣祖はイスンシンに不信感を抱き始める。
宣祖「沈惟敬は投獄されたのでは?」
侍従「釈放され使臣として来たのです」
宣祖「ならば皇帝は割地を許したのか」
宣祖「皇帝が倭賊の降表を受け入れたと?」
沈惟敬「さようです。降伏を受け入れ戦いを終わらせることに」
宣祖「ならば皇帝は割地案を許したのか?」
沈惟敬「割地とは何の話ですか?」
・・・
沈惟敬「小西行長と割地案を話したのは確かだ。だが、あくまでも豊臣秀吉をだますためだ。日本の使臣は我々に降表を上げただけだ。」
沈惟敬「豊臣秀吉を王として冊封することにした」
宣祖「皇帝は倭賊を諸侯国として認めるつもりか?」
沈惟敬「さようです。ですが朝鮮のために朝貢は受け入れません」
宣祖「それはどういうことだ。王に冊封するというのは対等な関係だと認めることだ。話にならぬ。」
沈惟敬「皇帝を非難するので?」
宣祖「そうではない。明の代わりに戦っているのに敵の頭目を王に冊封するのはとても信じられぬ。」
沈惟敬「つまり、殿下は講和を認められぬのですか。朝鮮のために本心で忠告します。今、戦いと飢饉で朝鮮の民は食料がなく人肉を食べる状況です。この状況で戦を続けるのは正しいのでしょうか。敵に復讐したい思いはわかりますが、国と民を考える指導者なら復讐は後回しにしても民を生かすのが道理です。それに我が明は兵力と兵糧を動員できぬ状況です。朝鮮は何の力もないのに明が戦ってくれると信じるのは情けないと言うしかない。復讐に目がくらみ力をつける方策を練らねば国は滅びるでしょう。」
44話。1596イ・モンハクの反乱をめぐって。沈惟敬が小西行長を訪ねる。イ・イチョム登場。
45話。ユン・ドゥス、党派を超えて己丑獄事の二の舞を防ぐ。イ・イチョム(南冥チョ・シクの学脈を継いだ北人チョン・イノンの弟子、己丑獄事で犠牲になった北人の復活を目論む)