2020年5月10日日曜日

偏愛メモ 会津蒲生氏郷死、蒲生跡目騒動、関白秀次謀叛事件、伊達政宗詰問、上杉会津移封

蒲生氏郷死 文禄4年(1595)2月7日
豊臣秀次切腹 文禄4年(1595)7月15日 謀叛の疑い文禄4年(1595年)6月末
上杉会津移封120万石 慶長3年(1598)1月10日
  米沢移封30万石 慶長5年(1601)8月16日

1)『佐竹義重・義宣 伊達政宗と覇を競った関東の名族』より


2)利家とまつ45 文禄3(1594)春 大坂城、三成は(関白秀次はいずれ排除されるが、秀頼にとって)家康、利家は脅威になるとみている。(24分過ぎ~)蒲生氏郷の死、跡目問題、まつとおねの芝居で解決する。


3)天地人33 (6分35秒過ぎ~)関白秀次謀叛、伊達政宗は謀叛に連座したとして詰問される。直江兼続は関白秀次妻子らの処刑に心を痛める。聚楽第破却の意味。そして、三成の心痛を知る。秀吉は大名に秀頼に忠誠を誓う起請文の提出を求める。三成を責める家康を叱る景勝。兼続に(豊臣による天下泰平のために一人奮闘する)三成を助けろと景勝。のちの五奉行五大老制を起草する兼続と三成。


4)独眼竜政宗33 関白秀次謀叛の余波、連座させられ処刑された駒姫の悲劇。謀叛連座の咎を受けた伊達政宗の顛末。家康の機転で忠誠と引き替えに赦された政宗であった


5)天地人34 上杉会津移封1598.01(20分過ぎ~)