P324 自由というものは、二つの部類の人間たちにしか価値をもたない。俗に特権階級と呼ばれる人々と、もう一つは哲学者たちだ。前者は、自由を心地よくあるいは有益に利用する才能を、幾千代にわたる修練を忍耐強く身につけてきた。
これに反して、後者は、つねに、どこででも、どういう状況であろうと、どんな統治形式のもとであっても、自由をもっている。しかしながら人類の大多数は、訓練によっても哲学によっても自由の状態におかれることがなかったから、もしも幾千もの強制的な規則によって自分自身から、あるいは内面かの空虚さから目をそらせてもらわないとしたら、どうしようもない退屈に陥ることだろう。(略)
たいていの人は、比較的自由だといわれる政治形態がほとんどの場合、一人一人の個人をいっそう不自由にするものだということを忘れている。十七、十八世紀の絶対主義のもとで市民は完全といっていいくらいに無の存在とされていたが、そのくせ、私生活を気楽に、平和に、わずらわされずにいとなんでいた。
今日の私たちにはおよそ想像もつかないほどの気楽の暮らしぶりだった。十九世紀の立憲君主制のもとで市民は政治的勝利をいくつも得たが、同時に普遍的兵役義務をも得ることになった。これは、それ以前の時代のいかなる専制政治にもまさる奴隷的状況であることは疑いようがない。