2023年11月1日水曜日

偏愛メモ 『重光葵 連合軍に最も恐れられた男』

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P011 重光は昭和七年に上海の新公園で行われた天長節の式典に参列したとき、爆弾が投げられ一命をとりとめたものの片足を付け根から失う。重光と親しかった外交官の加瀬俊一は、着替えのときなど見かけることもあったが「痛々しかった」と回想している。

「爆弾が投げられたのは分かっていたけど国歌斉唱中なので動かなかった、動くのは不敬であると考え動かなかったと語っています」

と、重光の勇気ある行動を私が賛美すると、篤氏は、

「いや、動かなかったのは親父さんだけじゃない。壇上にいた白川(義則)司令官、野村(吉三郎)司令長官、上田(謙吉)師団長など、誰も逃げなかったんです。ですから、いまの日本人と、当時の日本人は違うんじゃないかな。いまの日本人ならみんな逃げてしまうでしょう」

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