(下巻)
P249(略)
3 もっとたくさん質問しよう
P250世界史上のほぼすべての哲学に共通する黄金律は、「自分がされたくないことを人にしてはいけない(己所不欲、勿施於人)論語-衛霊公P08」というものだ。この教えは、二五〇〇年前の中国の思想家、孔子がすでに述べている。その後、ギリシャの歴史家ヘロドトスや、プラトンの哲学にも登場し、数百年後、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖典に組みこまれた。
P251
最近では、何十億人もの親がわが子に、この黄金律を繰り返し教えている。それには二つの形がある。「自分がそうされたと思うように他の人に接しなさい」という積極的な教えと、「自分がされたくないことを他人にしてはいけない」という消極的教えである。
神経学者の中には、この教えは数百万年にわたる人類進化の産物であり、わたしたちの脳にプログラムされている、と考える人さえいる(注8)。
それでもわたしは、この黄金律では不十分だと考えるに至った。第10章では、共感が悪いガイドになる可能性について触れた。他者が何を望んでいるかを、私はたちはつねに正しく理解しているわけではない。
自分にはそれがわかっていると考えている経営者、CEO、ジャーナリスト、為政者は、他者の声を奪っているに等しい。テレビでインタビューされる難民をほとんど見かけないのも、民主主義とジャーナリズムがたいてい一方通行になっているのも、福祉国家が父権主義に染まっているのも、すべて、他者が何を望んでいるかを自分はわかっていると思いこんでいるせいなのだ。
それよりも、質問から始める方が、はるかに良いだろう。ポルト・アングレの市民参加型民主主義のように、市民に発言させよう(第15章参照)。ジャン・フランソワ・ゾブリストの工場のように、従業員に自分のチームを指揮させよう(第13章参照)。シェフ・ドラムメンの学校のように、子供たちに学習計画を立てさせよう(第14章参照)。
黄金律のこのバリエーションは、「白金律」と呼ばれるが、ジョージ・バーナード・ショーがその本質をうまく言い当てている。「自分がしてもらいたいと思うことを他人にしてはいけない。その人の好みが自分と同じとは限らないからだ(注9)tw」
4 共感を抑え、思いやりの心を育てよう
白金律が必要とするのは共感ではなく、思いやりだ。(略)