2024年10月5日土曜日

偏愛メモ 韓明澮

01 2244ハン・ファク解説
02 1635首陽大君様と話し込むせいで食膳の汁物が冷めるとか1957解語花2057管仲と鮑叔牙の厚い友情も我々にはかなうまい※(tw)2207傾国解語花の解説、玄宗皇帝が楊貴妃をそう呼んだ2313ハンゲゲッナン(汁を冷やす人)の解説3027★世宗逝く世宗32年2月17日(1450年)
01           02

※史記列伝1-管・晏列伝 第二P 16/ 18/ 20/ 22
04 0919管鮑の交わり1253ユ・バンソン(ハン・ミョンフェの師)
05 3202英雄は人の力で生まれるものではない。乱世の時代に生まれる。
06 4043譲寧大君、首陽大君にまた弾劾されたと訴える
07 2728排仏崇儒
08 2730クォン・ラム首席合格
09 0300ナンの助言、ミョンフェに松都に行って太祖廟の門番(敬徳宮直)になれと1833スズメに鳳凰の心など推し測れまい
10 2417松都契員3145★文宗逝く1452.5.14

11 1700ミョンフェと首陽大君の初対面2620ミョンフェとハン氏(後のインス大妃)は遠縁3629ミョンフェの子の解説
13 首陽大君va安平大君2907恵賓ヤン氏失脚
14 謝恩使を誰にするかを巡って
15 謝恩使の編成をめぐって2118クォン・ラム、シン・スクチュに謝恩使書状官を依頼、快諾(tw)
16 イ・ヒョンロの件2100謝恩使の編成決まる3500ハン・ミョンフェとシン・スクチュ再会(tw)4500謝恩使節出発
17 3200フォアンボ・イン、キム・ジョンソ主導の人事異動(チョン・インジ、兵曹判書→判中枢院事(閑職))
18 2312首陽大君帰還1453年2月26日★癸酉靖難(参照1参照2)のはじまり
19 1750首陽大君、チョン・インジ、ハン・ミョンフェ、シン・スクチュ血盟(tw)
20 1300ホン・ユンソン、キム・ジョンソの弓を引く2937ハン・ミョンフェ、生殺簿を作成
21 1045ハン・ミョンフェ、首陽大君に生殺簿を渡す1712ホン・ダルソン、科挙(1453.4.13)合格→集賢殿直提学。安平大君武装蜂起を準備?。首陽大君提案の王妃選定のを巡って2547譲寧大君4052決起の日が決まる
22 癸酉靖難当日
23 キム・ジョンソは生きていたが、宮殿に入れず。ファンボ・インら粛清。安平大君は逃亡
24 安平大君は捕縛され江華島へ押送1514キム・ジョンソ、ヤン・ジョンに斬られる(参照)1752ハン・ファク、右議政を断る2203新閣僚人事
25 2930恵賓、浄業院へ追放3132靖難功臣
26 0956譲寧大君、孝寧大君2316ハン・ミョンフェ、安平大君処刑の件で首陽大君を説得2940イ・ヒョンロ、イ・スに斬られる3351安平大君賜死(tw)
27 イ・ジンオクの乱2445イ・ジンオク、鐘城で大金国建国宣言(チョン・ジョン、イ・ヘンゴムの苦肉の策であった。イ・ジンオク自滅)4020ハン・ミョンフェ、「大君様が王にならねば国は立ち直りません」
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29 1829端宗、王妃を迎える(1454.1.24)。2813シン・スクチュ→都承旨。靖難功臣(クォン・ラム,ヤン・ジョン,ホン・ダルソン)→要職3921首陽大君、ミョンフェ長女スクチョ長男の婚姻を打診
30 1020首陽大君,ミョンフェ邸を訪問
31 1121★端宗譲位(の噂)計画2522永楽帝の例を思い出すとミョンフェ3539恵賓、錦城大君(世宗6男)を訪問
33 錦城大君,オム・ジャチ、謀反容疑。オム・ジャチは余罪で処分、錦城大君は放免、打倒首陽の恵賓ヤン氏再始動2759淡淡亭
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35 1406錦城大君再度謀反失敗流罪2500端宗再度譲位意思示すも首陽大君再度辞退3104高麗史を著したチョン・インジが朝鮮王朝建国秘話(太祖は辞退するも臣下に促され結局即位した)を語り即位を促す4000★首陽大君即位(端宗3年1455.6.11)
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37 朝廷の改編1318佐翼功臣2136明澮夫人ソンビをミョンフェの妾にする3041明からの王の冊封得られず3848パク・ペンニョンがさっそくソン・サムムンと端宗の復位をめざして結束
38 0550ミョンフェ、世宗、文宗の遺命を受けたパク・ペンニョン、ソン・サムムンの動きを気にする1947シン・スクチュとクォン・ラム、奏聞使と謝恩使として明へ3947端宗の王妃世子妃に対する冷たい態度4637シン・スクチュ夫人ユン氏亡くなる(松窩雑記)
39 世祖冊封される。シン・スクチュ→兵曹判書、クォン・ラム→吏曹判書2518シン・ジュ(シン・スクチュ長男逝く)
40 ★広延亭での宴の雲剣による謀反をミョンフェ阻止
41 1900キム・ジル謀反計画を告発→死六臣
42 処刑は免じたが、集賢殿を廃止。経筵も停止(tw)
43 0630領議政チョン・インジ再度辞任を上訴2144ハン・ファク逝く→世祖、酒浸り
44 世祖3年1457ホン・ユンソン→礼曹判書ヤン・ジョン→工曹判書。上王殿下(端宗)追放議論1855上王復位の動きソン・ヒョンス、クォン・ワン2900★ソン・ヒョンスらの謀反が発覚→3519上王殿下は魯山君に降格、流刑(江原道寧越)(tw)
45 1220魯山君寧越に護送(世祖3年1457.6.22)、大妃は実家に2510ミョンフェ、民の一人から泥を投げつけられる2756錦城大君3度目の謀反を計画3716クォン・ラム「後世の歴史に悪名を残すのではないか」ミョンフェ「官吏を恐れては政治は行えぬ」4544懿敬世子の病が重くなる
46 0700錦城大君の檄文を下女が盗む1611官奴婢イ・ドン、ミョンフェに檄文を告発2747錦城大君捕縛3846ミョンフェ→(クォン・ラムを休ませるため)吏曹判書
47 (懿敬世子が重病なのは魯山君を追放した天罰という民の噂の中)錦城大君、ソン・ヒョンスを処刑できないでいた。1016忠臣寧越戸長オム・フンド清冷浦を越えて魯山君に忠心を示す1655世祖が王位に就く前、一家はこの上ない幸せを享受していた(ナレ)2418ソン・ヒョンス一家の刑が確定→官奴婢3742懿敬世子逝く1457.9.2
48 魯山君処刑1457.11.11、後世の評価解説
49 0619新しく世祖の次男海陽大君が世子になる1433ミョンフェ奏聞使に1927世子妃の去就2935仲朔宴4215領議政チョン・インジ免職投獄1458.2.13混乱の始まり
50 チョン・インジ即放免復位で議論紛糾するなかミョンフェ明から世子冊封の朗報を持って帰国
51 腐敗の象徴ホンユンソン邸に訪れた世祖が夫人に面会を求め夫人と呼ぶありえない対応。一方、ヤン・ジョン再び→咸吉道(咸鏡道),シン・スクチュ→平安道1600養老宴の席で1759チョン・インジ、世祖を「そなた」と呼ぶ一同啞然3400辞任4040ナンの夫がミョンフェを襲う
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53 世子妃選び、ミョンフェを恐れる世祖2004カン・メンギョン→領議政、シン・スクチュ→左議政、クォン・ラム→右議政4111世祖「ハン・ミョンフェが恐い」
54 2725世子妃にミョンフェ三女が決まる4000粋嬪ハン氏(成宗生母)、ミョンフェ三女(世子妃→睿宗王妃)、四女(→成宗王妃)
55 1314女真族が会寧に侵入、和解か派兵かを巡って2400左議政シン・スクチュ、礼曹判書ホン・ユンソン→咸吉道、兵曹判書ハン・ミョンフェ→黄海道3900世祖、黄海平安道巡行4705世子妃懐妊世祖7年1461.4ハン・ミョンフェは喜ばなかった
56 世子妃懐妊によるハン・ミョンフェの心配0500領議政カン・メンギョン逝く1606世子妃病気3335世子妃世孫を産んで5日後逝く世祖7年1461
57 領議政チョン・チャンソン失言で流罪→1437世祖8年1462.5.20シン・スクチュ→領議政、クォン・ラム→左議政、ハン・ミョンフェ→右議政1713門番ユ・ジャグァン初登場2600者山君(のち成宗)3306ヤン・ジョン→平安道、ハン・ミョンフェ→咸吉道3815ハン・ペクリュンの娘→世子の昭訓(のち安順王后)世祖9年1463.7.6クォン・ラム病で左議政解任後任はハン・ミョンフェ、チョン・チャンソン放免、世孫逝く世祖10年1464.10.24
58 0804世祖背中の腫物が悪化(顕徳嬪(端宗生母)呪いだとして自分のせいで死んだ魂を成仏させるため都の真ん中に寺建立決定)3929クォン・ラム逝く
59 円覚寺完成法会世祖11年1465.4.7)3125世祖12年1466年官制改編2.13昭訓ハン氏が男児(後の斉安大君)を出産3500世祖各地の寺を巡行
60 靖難功臣ヤン・ジョン、処刑される。世祖12年(1466年)6月12日、盟友の死に涙を流すハン・ミョンフェでした・・・。
64 イ・シエの乱終結(tw)
65 敵愾功臣、開国・定社・佐命・靖難・佐翼功臣につづく開国以来6番目の功臣。亀城君とナム・イはもちろん一等功臣ですが、問題は庶子のユ・ジャグァンでした。→世祖の強力な推しによりユ・ジャグァン科挙合格
66 3112世祖14年1468.8.23ナム・イ→兵曹判書、イ・ジュン(亀城君)→領議政、ユ・ジャグァン→兵曹参議。9.7譲位→睿宗即位
67 世祖14年1468.9.8世祖逝く1115キム・シスプ(生六臣の一人)2303ユ・ジャグァン(の策略)、ナム・イの謀反を告発、ミョンフェ濡れ衣を被る
68 ユ・ジャグァンの策略が嵌り、ナム・イはじめ、ミョンフェ以外は処刑2727ハン・ミョンフェ→領議政。ユ・ジャグァン、友を陥れたとして皆から嫌われる
69 ハン・ミョンフェ、ホン・ユンソンを領議政に推す上奏(者山君を王にするための布石)1104睿宗1年1468.8.22ホン・ユンソン→領議政2230睿宗倒れる3114内官がハン・ミョンフェに睿宗の異変を伝えるのをユ・ジャグァンが盗み聞き、それをホン・ユンソンに伝える
70 0559睿宗危篤の報せに粋嬪ハン氏、者山君を入宮させる準備1648睿宗逝く2856大妃、者山君を次の王に指名。領議政ホン・ユンソン解任、シン・スクチュ義弟ユン・ジャウン→領議政
71 0412世祖、睿宗が他界したあとの王室の事情0919仁粋大妃誕生2128亀城君謀反の上訴3209亀城君流刑
72 0508ハン・ミョンフェ謝恩使として燕京で倪謙と交友を深める。狎鴎亭(アックジョン)の扁額を授かる2948江南に別荘を建て東屋に狎鴎亭の扁額をかける3831王妃病気療養のため実家に戻る(成宗4年1473年7月)
73 1325王妃逝く(成宗5年1474.4.15)1807「殿下の2人の子息は20歳でこの世を去られ私の2人の娘は17歳19歳で逝きました。殿下と私の孫である世孫は4歳で亡くなった」2254ハン・ミョンフェ→左議政。王妃選び、成宗の意向で後宮の4人から選ぶことに
74 王妃選び2900領議政シン・スクチュ逝く(成宗6年1475.6.21)
75 垂簾聴政廃止匿名書をめぐって(王妃選び絡み)1400仁粋大妃はユン淑儀を疑うが、結局犯人分からず。4056成人を機に親政はじまる(成宗7年1476)
76 ユ・ジャグァン、ハン・ミョンフェを弾劾するも、成宗の怒りを買い、官職を剥奪される2122ユン淑儀懐妊の報せに喜ぶ大王大妃と王大妃、ひとり面白くない仁粋大妃。内訓に背き赤子の性別を易者に占ったことが仁粋大妃に知られる
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78 0411ホン・ユンソン逝く2109反対していた仁粋大妃が折れて、3516ユン淑儀→王妃(成宗7年1476.8.9)
81 1618チョン昭容懐妊、仁粋大妃は大喜び3929王妃ユン氏自作自演事件(成宗8年1477.3.28実録記述有)
90 3644オウドン姦通事件4635新王妃冊封式(成宗11年1480.11.8)
91 ハン・ミョンフェ→奏聞使(廃妃と新王妃の誥命を受けるため)廃妃ユン氏復位に希望2856ユ・ジャグァン、ハン・ミョンフェ賄賂を告発、弾劾上訴続出→投獄
92 1500仁粋大妃の助言でハン・ミョンフェ官職復帰4417廃妃ユン氏、王子に会うための外出を仁粋大妃の命を受けた内官に見つかる
93 廃妃ユン氏に賜薬ではなく食料を支給する議論が持ち上がる(成宗13年1482.8)、暮らしぶりを調査、大罪を犯していることが判明
94 ★0550 廃妃ユン氏に賜薬(成宗13年1482.8.16)
95 仁粋大妃の厳しい王子訓導
99 1640ハン・ミョンフェ逝く(成宗18年1487.11.14/73歳)、生涯を振り返るナレーション3130成宗25年1494.12.24燕山君即位
100 燕山君、生母死の経緯を知る→甲子士禍のはじまり(燕山君4年1498~燕山君10年1504)
101 廃妃ユン氏兄ユン・グ→同副承旨
102 3415イム・サホン→兵曹参議、成宗の遺命を無視し廃妃ユン氏の件を再調査
104 3311仁粋大妃逝く(1504.5.11)