2018年6月16日土曜日

偏愛メモ 「一か月以内に片づけます」(日中戦争、支那事変)「南洋での作戦は三か月程度で片づけられると存じます」(太平洋戦争、大東亜戦争)

■『石油の世紀(上)』P538

日米開戦となれば戦闘はどの程度の期間続くのか、と天皇が陸軍参謀総長に尋ねた。「南洋での作戦は三か月程度で片づけられると存じます」と回答すると、天皇は厳しい調子で反駁した。「汝は日華事変のときの陸相であり、事変は一か月で片づくと当時報告したが、四年たった今でも片づかずに戦闘が続いているではないか」「中国は奥地が開けており、作戦の進展が妨げられております」

天皇は声を高めて反駁した。「中国の奥地が広いというなら、太平洋はもっと広いではないか。なぜ三か月という計算が成り立つのか」参謀総長はうなだれたまま、言葉がなかった。

■『日中戦争はドイツが仕組んだ』P225(url)

杉山陸軍大臣は天皇陛下にこう上奏している。「一か月以内に片づけます」

■『日本近現代史入門』P293-4

P294 南京大虐殺による首都・南京占領後の日中和平交渉を阻止し・・・南方のアジア侵略作戦を決定し・・・アメリカを三か月で片づけると豪語して真珠湾攻撃に踏み切らせた陸軍のトップ、参謀総長が杉山元であった。1937年に近衛内閣鉄道大臣だった中島飛行機創業者の中島知久平が、その時「徹底的にたたきつけてしまうがいい」と、中国攻撃を挑発する意見を吐き、杉山元の日中戦争拡大論に手を貸したのである。

■関連 『鮎川義介と経済的国際主義』P268(url)

しかし、木戸内大臣の11月29日の日記が記しているように、天皇周辺の英米穏健派の声は、戦争を唱える声をもはや抑えられるような情勢ではなかった。彼らにとって1936年の2.26事件の記憶はいまだ鮮明なものであった。昭和天皇が終戦の翌年春に回想しているように、もしも開戦に反対すれば、反対派は血生臭いクーデターで殺され、より過激な政権が誕生していたであろうと語っていた。

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