バレエは「イタリアで生まれ、フランスで花開き、ロシアで成熟した」とよくいわれます。
イタリアのルネサンス期に生まれ、主に社交術でであったものがフランスに伝わったのは、カトリーヌ・ド・メディシスがフランスのアンリ2世のもとに嫁いだためでした。今ではフランスといえば多くの人が連想する、美しいお菓子や料理とともに、バレエや洗練された礼儀作法もフランスに伝えられたのです。
カトリーヌが息子をポーランド王にする目的でポーランドからの使節をもてなすために上演された作品『ポーランドのバレエ』で初めて「バレエ」という言葉が使われたといわれています。
ただ、この時代のバレエは「宮廷バレエ」と現在では区別していわれるように、今日のバレエとは非常に違ったものでした。上演時間も3時間以上、作品によっては10時間近くあったといわれていますし、舞台も庭全体を使うといった壮大なものでした。必ずしも踊りだけが中心ではなく、噴水や大掛かりな装置なども見どころの一つで、観客はそうした仕掛けやダンサーたちのフォーメーションを楽しめるように、少し高いところから眺めることが多かったようです。
また作品のテーマは主に神話でした。作品によっては歌が入ったり、パントマイムが入ったり、朗読が入ったり、その形式は一定ではありませんでした。ただ、最後にはほとんどの場合、見ている観客たちも加わって踊る大舞踏会的な構成だったようで、このことから、社交界の人たちにとってバレエを踊れることが必要になったのです。
もっとも、これはバレエと聞いて私たちが想像するものとは大分違う姿をしており「バロックダンス」と呼ばれるものでした。
何より重要なのは、カトリーヌ・ド・メディシスによってフランスへもたらされたバレエが、貴族のたしなみとなった史実でしょう。そうした歴史が背景にあったからこそ、フランスのバレエは新たな一幕を迎えることになったのですから…。
【関連】
・薔薇の精 『バレエ・リュス』より(url)
・有吉京子『SWAN-白鳥-』(tw)