嫉妬、独占欲、喪失感…あのころ、私が雛子に対して抱いていた感情には様々なものがあったが、中でももっとも強く感じたのは汚らわしさだったろう。
半田や副島と関係を持ち、あれほど大胆に私や信太郎の見ている前で夫以外の男の身体に触れたり、求めるような目つきをしてみせたりした雛子には何ひとつ、汚らわしさを感じなかったというのに、大久保を前にしてうっとりしている雛子には、どうしようもない不潔さを覚えた。
雛子は大久保の身体など、小指の先ほども求めていなかった。それは確かだ。
スーパーでの買物途中、突然、狂おしくなって身悶えし、家に戻るなり信太郎に身体を委ねるという雛子は、大久保の出現以来、尼僧のようにおとなしくなった。副島ともあの夏、関係を結んでいたかどうか、怪しいものである。
彼女は居合わせた人間に性的なものを連想させるような仕草は、一切、とらなくなった。むろん、私にも信太郎にも。
好んで着る服は相変わらず肌の露出度が大きく、身体の線を目立たせるものが多かったが、それでも彼女は服の上から目に見えない鎧を着て、自分の聖なる肉体を大久保以外の人間に見せまいと努力しているようにみえた。
雛子が大久保に一途に求めていたのは、彼の肉体ではなく、精神であった。精神!
P301 目に見えないもの。形のないもの。そのくせ変幻自在で、まとまりのつかないもの。肉体に比べて、常に高尚な役回りを担っているもの…そんなものだけを求めるなど、不潔な行為としか思えなかった。汚らわしかった。貪欲に肉体を求め、快感を求め、性に溺れていく人間のほうが、遥に清潔だ、と私は思った。
信太郎以外に、千人の男を相手にし、嬉々としている雛子は聖女だった(相互参照)。だが、たった一人の男に魂をまるごと預けようとする雛子は淫売も同然だった(tw)。
私はそんな雛子を憎んだ。ややもすると、雛子の背中に向かって、淫売、と小さくつぶやくこともあった。
「“北の国から”の倉本聰さん(脚本家)は、“男は一回だけでも浮気した妻は許せない”っておっしゃるんです。しょっちゅう浮気する妻ならばあきらめるけど、一回が一番許せないって。それで倉本さんによると、私は一回だけ浮気するタイプらしいんです」(笑い)。(「ブルー・ライト・ヨコハマ」秘話 40代のいしだあゆみさんが明かした女優、恋愛の流儀/復刻日刊スポーツ)P303/ 305/ 307/ 309/ 311/ 313/ 315