(P206-)
(P214)
P214 かくして現在存在するY染色体の多型性の由来をたどると、男の系統とその移動を再現することができる。写本に生じる多型性の出現頻度から、それがどの程度のタイムスパンで起こったことなのかを計算できるようにもなった。つまり何千年あるいは何万年前にその写本の分岐が成立したのか、誤差を含むものの、おおよその推計が可能となった。
2002年、世界中の男たちから集められた多数のY染色体間の多型性解析の結果が集大成されるに至った。そして極めて興味深い、男たちの旅路が浮かび上がってきた。一方、Y染色体の系譜は、残念ながら女の旅路については何も語ることができない。
ある特定のY染色体の運ぶ精子を受け取ったのは、男たちと一緒に移動していた女であったかもしれない。旅先で偶然出会った女だったこともあったはずだ。あるいは戦いの末、別の男たちから奪った女であったかもしれない。
女たちの旅路は、卵子から卵子へ、つまり母系でのみ受け継がれるミトコンドリアDNAの刻印を解析することによって得ることができる。基本的な論理は上に述べたY染色体の多型性と同じである。長いストーリーをあえて短くして結論だけいえば、ミトコンドリアDNAの解析は、'80年代の終わりになって、ひとつの極めて鮮やかな事実を明らかにした。(略)
女性のルーツは、十数万年前、アフリカで生まれた一人の女性でP215あることを明らかにした。驚くべきことに、Y染色体の多型解析もまたほとんど同じ事実をあぶりだした。(略)男性のルーツは、十数万年前、アフリカで生まれた一人の男性に由来する、と。
ここでの注意しなければならないことは、この男と女がアダムとイブであり、その二人のこどもが我々全ての祖先であることにはならない、ということである。
ミトコンドリアによる母系の解析とY染色体による男系の解析は、同じ頃、同じ場所に収斂するものの、それぞれは独立したデータであって、両者の関係については何も決定的なことを示すことにはならない。(略)
(P216-、出アフリカ--写本の世界地図、Y染色体の旅路)
(P224-、チンギス・ハーンの痕跡)
P224 2003年、「アメリカ人類遺伝学雑誌」という専門誌に優れて興味深い論文が発表された。オックスフォード大学の生化学者クリス・タイラー・スミス率いる23人からなる研究チームは、アジア16地域から採取した2123人の男性のY染色体多型性を解析し分類を進めた。サンプルのうち92%は雑多な多型だった。つまり彼らは出アフリカを果たした様々な男たちを祖先とする混成集団だった。
ところが、残りの8%の男性はほとんど同じ多型性を共有していたのだ。それはC3を源とする系譜に連なるたったひとつの写本だった。
しかしこの8%の男たちは同一の民族でもなく、同一の地域に集まって暮らしているわけでもなかった。男たちは広く、中国東北部からモンゴル、果てはウズベキスタン、中央アジアはアフガニスタンに至るまで極めて広大な地域に分散して存在していたのだ。これらの地P225域の母集団の男性数はおよそ2憶人である。そのうち8%に上る1600万人が同一にして単一の男系祖先を持ちうることなどありうるだろうか。
それがありえたのである。同一の写本=Y染色体を共有する8%の中身を詳しく調べると、その写本から派生した、さらにわずかな文字の書き間違いが何個か見出された。同一の写本内にその程度の異同が発生するに足る時間が推算された。今からおよそ1000年前(前後に100年の誤差を含む)。今から1000年ほど前アジアはいかなる状況にあったか。