呼吸にひそむ深遠な意味(tw)
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呼吸はプロトンポンプを使ってエネルギーを生成する。まず、酸化還元反応で発生したエネルギーによって、膜を通してプロトンが汲み出される。すると膜をはさんで、およそ150ミリボルトの電位差に相当するプロトン濃度の差ができる。
このプロトン駆動力がATPアーゼのモーターを動かし、生命の普遍的なエネルギー通貨であるATPを生み出すのだ(tw)。
これと非常によく似たことが、光合成でも起きている。呼吸と同じように、光合成の場合、太陽のエネルギーによってプロトンが葉緑体の膜を通して汲み出される。
細胞も、細胞の外膜を越えるプロトン駆動力を生み出すことによって、ミトコンドリアと同じような働きをしている。微生物学者以外の人にとっては、生物学において、細菌がおそるべき多芸さでエネルギーを生み出すことほど不可思議な現象はない。
P127細菌はどんなもの---メタンから硫黄やコンクリートまで---からでもエネルギーを拾い出せるようなのだから。どの場合でも原理はまったく同じで、電子が一連の酸化還元反応を経て、最終的な電子受容体(CO2、NO3、NO2、…などが考えられる)まで到達する。
またどの場合でも、酸化還元反応によるエネルギーは、膜を通してプロトンを汲み出すのに使われる。
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P169細胞に物理的なサイズとゲノムの量と複雑さに関して制約があるのは、細胞の「外」膜を通して呼吸をしなければならないためだ(tw)
片親遺伝
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性別の根本的な違いを探っていくと、藻類や菌類などの原始的な真核生物までさかのぼる。そのような生物のなかには性がふたつあるものがいるが、配偶子(生殖細胞)にはっきりした違いはない。
その生殖細胞は大きさが等しいということで「同型配偶子」と呼ばれる[訳注大きさっだけでなく形も同じ]。じっさい、ふたつの性はあらゆる点でそっくり同じに見える。本質的に同じなのだから、性よりもむしろ交配型と呼ぶほうがふさわしい。
しかし、ふたつの交配型に差がないことがまさに、いまでも交配型がふたつという事実を際立たせている。個体が配偶できる相手は、個体群の半数に限られる。この分野の先駆者であるローレンス・ハーストやウィリアム・ハミルトンが指摘した通り、配偶の相手を探すことが問題なら、個体数の半減は大きな制約となるはずだ。
では、変異した交配型がこの個体群に現れ、それまでの交配型のどちらちとも配偶できるとしてみよう。相手の選択肢が2倍になるので、この第三の型はすぐさま広まるに違いない。その後、3つすべての型と配偶できる変異体が生じたら、やはりまた有利になる。
したがって交配型の数は無限に増えていく傾向があるはずだ。事実、よくあるスエヒロタケ(スキゾフィルム・コミューネ、Schizophyllum commune)というキノコには交配型が2万8000もある。
性別がまったくない場合(つまり全員が同じ性)を除けば、性はなるべく多くあるほうが理にかなっている。ふたつは、あらゆる可能性のなかで一番不利なのだ。
では、同型配偶子を作る生物種には、なぜそれでもふたつの交配型があるのだろう?
もし本当に両性間の根本的な非対称性---そこからすべての差が生まれるようなわずかな差---があるのなら藻類や菌類に目を向けなければならない。
P331その答えは、人間で男女諍いをも愛の姿に見せるほど徹底的な対立を明らかにする。一例として、アオサとして知られる原始的な藻類のウルヴァ(Ulva)を取り上げよう。
これは多細胞藻類の一種で、厚さが細胞2個分しかないのに長さが1メートルにも達するシートを形成し、葉のように見える。アオサはそっくり同じ配偶子、すなわち同形配偶子を作り、そのなかには葉緑体もミトコンドリアも収められている。
ふたつの配偶子、そして両者の核は、まったくふつうに融合するが、この細胞融合のあと、両者の細胞小器官は容赦のない残忍さで攻撃し合う。そうして融合から数時間以内に、一方の配偶子に由来する葉緑体とミトコンドリアは溶けて膨潤したかたまりになり、ほどなくすっかり分解されてしまう。
これは、ある一般的傾向の極端な一例だ。その傾向とは、両親のうち片方からの細胞小器官を排除するというものだが、この手段は多岐にわたっている。最も注目に値する例は、クラミドモナス・レインハルディ(Chlamydomonas reinhardtii)という単細胞藻類で、これは一見したところ一般的傾向に逆らっているように思える。
葉緑体の半数を破壊するという狼藉をはたらくのではなく、葉緑体どうしが平和に融合するからだ。だが生化学的に吟味すると、この藻類は、近縁のアオサに劣らぬ排除をすることがわかる。
いやむしろ、ナチのように排除を徹底している。正しくも薄気味の悪い遠回しな言い方をすれば、クラミドモナスは「選択的抑制」をおこなう。細胞小器官全体ではなく、そのなかのDNAを排除し、基盤構造には手をつけずに残すのだ。
両親のそれぞれに由来する細胞小器官のDNAの95パーセントが分解されるが、そおの分解速度は、一方の親に由来するものが他方のものよりわずかに速いという。定義上、生き残るDNAは「母親」に由来するほうとなる。
P332
結局、核の融合や遺伝子の組み換えはともかく、葉緑体やミトコンドリアなどの細胞小器官は、ほとんど必ず一方の親からのみ受け継がれることになる。問題は、細胞小器官ではなくそのDNAにある。このDNAには忌避される何かがあるため、ふたつの細胞が融合しても、そのうち一方しか細胞小器官のDNAを残せない。
ここに両性の最も根本的な違いがある。雌は細胞小器官を渡すが、雄にはそれができない。その結果が「片親遺伝」であり、ミトコンドリアなどの細胞小器官は通常、母系でのみ受け継がれる。
ユダヤ人が母系社会であるように、ミトコンドリアが母親だけから遺伝するのは、昔からわかっていたわけではない。ノースカロライナ大学の遺伝学者でジャズピアニストでもあるクライド・ハッチソン三世と、共同研究者らが、1974年にウマとロバの雑種で初めて報告したのである。