2023年2月3日金曜日

偏愛メモ 昭王〜大秦帝国の夜明け〜 場面集

1)06 28:30~鶏鳴狗盗由来となった逸話、孟嘗君は函谷関を通り無事、秦を脱出した!(tw)
2)光る君へ02 18:03(tw,tw,tw)

『史記列伝(1)』猛嘗君列伝(第15) P268/ 270/ 272/ 274鶏鳴狗盗の由来となった逸話/ 276/ 278/ 280/ 282/ 284/ 286/ 288

09 10:45~嬴稷、治水推進、李冰を巴蜀の太守に任じ、20年以上の時をかけて都江堰(tw検索)を築く(tw)
昭王09      ミーユエ49 09:40~


15 01:28~和氏の壁(tw,tw)~澠池の会21:28~鄢郢水攻め計画李冰父子 36:40~屈原、汨羅江入水「漁父」(tw,tw)

1)『史記列伝(1)』廉頗・藺相如列伝(第21) P394和氏の壁/ 396/ 398/ 400完璧、澠池の会/ 402/ 404刎頸の交わり、趙奢/ 406/ 408趙括/ 410/ 412/ 414
2)『奇貨居くべし(1)』(tw) 203完璧帰趙/ 246藺相如、和氏の璧を呂不韋に託す
3)漢詩を読む①屈原P 40/ 42/ 44漁父/ 46/ 48/ 50/ 52離騒/ 54/ 56/ 58/ 60/ 62

28 34:00~趙括の母(tw,tw)   29 長平の戦い
  
『史記列伝(1)』廉頗・藺相如列伝(第21)P394/ 396/ 398/ 400/ 402/ 404趙奢/ 406
P408 (孝成王)は廉頗に命じて、将軍として秦軍を攻めさせたが、秦軍はしばしば趙軍をやぶった。そこで、趙軍は塁壁を固くして戦わず、秦軍が挑戦したが、廉頗は応じなかった。趙王(孝成王)は秦の間者の言を信じた。その間者は言った。
「秦が心配しているのは、馬服君趙奢の子の趙括が将軍になることで、ただそれだけをおそれているのです」
そこで、趙王(孝成王)は、括を将軍に任じて廉頗に代えようとした。すると、藺相如が言った。
「王は名声があるという理由だけで趙括を用いようとしておられますが、これは、琴柱を膠づけにして瑟を弾こうとするようなものです(柱に膠して瑟を鼓す)。括は、ただよくその父の残した兵法の書伝を読んでいるだけです。臨機応変の処置を知りません」
しかし、趙王(孝成王)はききいれずに、ついに趙括を将軍とした。

趙括は少年のころから兵法を学び、軍事を口にした。そして、天下に兵法家として自分に匹敵しうる者はいないと思っていた。かつて、その父の奢と軍事を論じたとき、奢は括をやりこめることができなかったが、しかし、「よろしい」とは言わなかった。括の母が奢にその理由を問うと、奢は言った。
「兵は命がけの場だ。ところが、括はかるがるしく論じる。趙が括を将軍にしなければよいが、もし、どうしても将軍にすれば、趙軍をめちゃくちゃにするのは、きっと括だろう」
P409括が出発するにおよんで、その母が王に上書した(tw)。
「括は、将軍とすべきではありません」
王(孝成王)がその理由を問うと、つつしんで答えた。
「はじめ、わたくした括の父につかえました。括の父は、たまたま将軍でしたが、みずから食物を手にして給仕してやった部下が数十人あり、友人は数百人ありました。大王や大王のご一族から賞賜されました品々は、ことごとく軍吏や士大夫にあたえました。

出征の命を受けた日からは、家事をかえりみませんでした。ところが、いま、括が一朝将軍となり、上位の者として軍吏を公式に集めましても、軍吏のなかで、その子を尊敬して仰ぎみる者がありません。

王から賜りました金帛は、帰ってきては家に貯蔵し、買っておけば利益になりそうな田宅を、毎日のように見てまわって買っております。王はあの子の父とくらべてどう思われますか。父と子では心がけがちがうのです。どうか、あの子をお遣わしにならないでください」
王(孝成王)は言った。
「母よ、もうこのことにはふれるな。わしは決めてしまったのだ」
すると、括の母は言った。
「王がどうしてもあの子をお遣しになりますならば、もし、あの子が任に堪えないようなことがありましても、わたくしがあの子の罪に連坐させられないようにしてくださいますか」
P410/ 412/ 414

36 33:08~白起、范雎の讒言で自害(tw)

『史記列伝(1)』白起・王翦列伝(第13) 246/ 248/ 250/ 252/ 254王翦、李信(tw)/ 256/ 258/ 260/