2018年12月6日木曜日

偏愛メモ 「それが何であるか問わなければわかるが、問うとわからなくなる」ようなものは端的な事実として認めて先に進んだ方がよいのかな?

『漱石が見た物理学』P36
「時間とは、それが何かを問わなければわかるが、問うとわからなくなる」(アウグスティヌス相互参照(1,2),tw,tw

『人間の建設』P51
小林 アウグスチヌスが「コンフェッション(懺悔録)」のなかで、時というものを説明しろといったらおれは知らないと言う、説明しなくてもいいというなら、おれは知っていると言うと書いていますね。

『混沌からの秩序』P67(tw)
ニュートンの天才は、プラグマティズムにあると言える。ニュートンは万有引力を説明しなかった。それを事実として捉えた。

『磁力と重力の発見』P91
ニュートンの重力理論は、天体間の重力を端的な自然の事実として--それ以上の説明の不可能な事実として--受け取るという立場を標榜する。

山岸凉子「牧神の午後」P42参照

重力と無縁のニジンスキー
「ああ、それは...うーん...それはちょっと空中で止まるだけですよ」「別に勢いなんか…跳べる気がしたから」

  『混沌(相互参照)からの秩序』P86(tw,tw,tw)
自然は問われた質問のほとんどに「違う」と答え、ときどき「たぶん」と答える(アインシュタイン)