2019年1月16日水曜日

偏愛メモ 科学と芸術、あるいは、普遍と個別 (随時更新)


ポアンカレ「詩とは一つのものに異なった名前を与える技術であり、数学とは多くの異なったものに同じ名前を与える技術である」(tw)

『ホロン革命』

第二部 創造的精神 P182-261
第六章 ユーモアとウィット P182-212
(P182-)

2.6.1 創造性の深奥に通じる裏口 P182-183
P182 意外なことに、創造のプロセスがはっきり姿を現すのは、ユーモアとウィットである。もっともウィットは「しゃれ」のほかに「工夫、発明の才」という意味をもつ両義的な言葉がから、意外というのもあたらない。道化師も探検隊もウィットこそ生命だ。

 (略)

2.6.2 ぜいたくな反射作用 笑い P183-185
2.6.3 ユーモアの論理構造 P185-189
2.6.4 情緒のダイナミクス P189-195
P192 「張りつめた期待感が突然無に変わる」ため、笑いが生じるとカントは考えた。ハーバート・スペンサーはこの考えを受けて、それを生理学的に表現しようとした。「情緒と感情は身体の動きを産む…意識がだしぬけに大事から小事へと移ると、解放された神経の力が最小抵抗のチャンネルに沿って消費される。それが笑いという動作だ。」

フロイトはスペンサーのユーモア理論を自分の理論にとP193リ入れ、とくに抑圧された情緒が笑いの中で解放されることを力説するとともに、なぜ過剰なエネルギーはそうした特殊な形で除去されねばならないかを、つぎのように説明した。
わたしの知るかぎり、笑いの特徴である口もとのゆがみとひきつりは、(略、乳飲み子とと母親の乳房との関係てもって説明する)…笑いの基本的現象であるほほえみが、緊張解放という他の快楽的プロセスと結びついたものも、この原初的な快楽の充足感のためであったのかもしれない。
つまり、ほほえみの筋肉収縮は緊張解放のもっとも初期の表情であったが、以来、それは最小抵抗のチャンネルとなったというわけだ。同様に笑いという爆発的な呼気も余分な緊張を「吹き飛ばす」ために作りだされたようで、大げさな動作も明らかに同じ役割をはたしている。反論もあるだろう。

 (略)

2.6.5 思考に見捨てられた情緒の解放 P195-197
P195 これまで、まずユーモアの論理構造、ついで情緒の力学を述べてきた。このふたつから結論を要約すれば、つぎのようになる。状況や趣向を、たがいに相容れないふたつの脈絡とバイソシエートさせると、思考の流れが一方の脈絡から他方の脈絡へ急激に移り、「張りつめた期待感」に終止符がうたれる。蓄積した情緒は目的を奪われ、宙ぶらりんになり、笑によって解放される。

司教が窓に走り寄り、通りの人びとを祝福しはじめると、われわれの思考は宙返りし、新しいゲームにうち興じる。意地の悪い思いだしを読んで呼びおこされたエロチックな感情は、もはや新しい脈絡にうまくおさまらない。

機知がそれを見捨てると、あたかもパンクしたタイヤから空気が吹きだすように、一気に吹きだし、笑いになる。表現を変えれば、<情緒には理性的なプロセスより大きな慣性と持続性があるから人は笑う>となる。感情は理性に歩調を合わせることができない。理性のようにただちに方向転換ができないのだ。この事実は生理学者によっては自明である。)

  自己主張的情緒は、交感神経という生理学的には古い大規模な神経系統とその系統化にあるホルモン腺を通して全身に影響するが、言語や論理的思考は脳の頂部にある新皮質に限定されている。新旧両脳のこの特別な分離は、日常的にたえず経験するところである。われわれはアドレナリン型のユーモアに、文字どおり「毒されている」。

人の気持ちを変えるには時間がかかる。恐れや怒りは、原因が除かれてもなお持続する。思考を切り換えるのと同じ速さで気持の切り換えができたら、その人間は情緒の軽ワザ師だ。(略)思考と情緒はしばしば分離する。笑いの中に解放されるものこそ、思考に見捨てられた情緒なのである。

情緒は慣性が大きい。だから話が突然違った論理展開をすると、ついてゆけなくなる。動きが直線的なのだ。(略、オルダス・ハクスリーの引用)

P197 いや、人を馬鹿にするという手もある。また、攻撃性のはけ口としてはありきたりだが、運動競技や文学批評などもある。ただし笑いがいわば天賦の才であるのに対し、これらは後天的技術ではある。情緒をコントロールしている分泌腺がいちばんよく合っていたのは、人間がある進化過程の段階にあったときの時代状況だ。

そのころは生存競争は今よりずっと厳しく、妙な光景や音に飛び上がったり、髪を逆立てたり、戦ったり、逃げたり、さまざまに反応した。しかしその後、安全と快適が増すにつれ、笑いも明らかにそのはけ口のひとつである。

しかし笑いが生じるのは、理性と「出口なき情緒」とがあるある程度分離したときにかぎられる。人間より下等な動物では、思考と感情は不可分に一体化している。人間の場合、長い時間をへて思考と感情が分離した。そして情緒が余分になればそれを余分と感じ、ただちに分泌腺のユーモアとユーモア感覚を対比させ、「やられた」と言ってニッコリするのである。

2.6.6 ジョークや風刺のゲームの規則 P197-202
2.6.7 人間をとりまくさまざまな笑い P202-208
P204 キケロもフランシス・ベーコンも、笑いのきっかけは<奇型>がいちばんだとみていた。ルネッサンス時代、王族はこびと、背むし、ニグロを集めて喜んだ。現代の人間はこの種のことにきわめて人道的にふるまうようになったから、ともすると忘れがちだが、外見が違う奇型者がわれわれと同じ思考、感情を持った人間同士だとの認識に達するには、かなりの想像力と感情移入が要求される。

子供はこうした想像力がまだ発達していないから、びっこやどもりの人間をからかい、妙な発音の外人を見ては笑う。同族意識がつよい社会、偏狭な社会においても、事情は同じである。彼らは外見や行動がすこしでも自分たちの基準からはずれていると、同種の態度を示す。見慣れぬものは人間ではない、ただ「われわれと同じような」ふりをしている、となる。

ギリシャ人は外国人とどもりに対し「野蛮な」(barbarious)という共通語を使い、外国人が発する不器用で吠えるような声色を人間会話P205のパロディーと考えた。今日、われわれは外国人のアクセントはがまんして聞くが、そのものまねとなるとおもしろがる。

この奇妙な事実は、いまでもなおわれわれの中にギリシャ人的野蛮さが残っていることを示している。とはいえ、ものまねの発音はあくまで真似だ。それがわかっているから同情は不要となり、良心にかげりを落とすことなく、子供のように笑いころげることができるというわけである。

<部分と全体の役割が変わること>も無邪気な笑いの原因になる。そんなとき、われわれの関心は本来の脈絡からはずれ、ある細かなことに集中する。レコード針が引っかかれば、ソプラノの声は同じリズムで同じ言葉をくりかえしつづける。すると突然、それはグロテスクなまでに独立した生気を帯びてくる。

字のまちがいを見て関心が意味から綴りに移ったとき、あるいはいつものなら自動的に行われているようなことに意識のホコ先が向けられたときも、同じことがおこる。自分の手で何をしたらよいかわからない自意識の強い、不器用な若者も、同じ範疇の犠牲者だ。

<喜劇>は昔、情況、手法、登場人物によって分類されていた。手法、登場人物については、ここで論じる必要はないだろう。異なった連想脈絡をもつ独立したふたつの出来事が同時にからんだとき喜劇的効果を生むもの、それが「喜劇的情況」である。たとえば、符合、人ちがい、時と場合の混同などそれだ。符合は喜劇と古典的悲劇共通の仕掛人でもある。

P206 <くすぐる>となぜ笑うかは、昔のユーモア理論では謎とされていた。「くすぐりに対する先天的な反応形態は、くすぐられた部分を引っ込めようとして身をよじり、からだを硬直させることだが、それは、足の裏、脇の下、腹、ろっ骨など、身体的に弱い部分を守るための防御反応である」と最初に指摘したのはダーウィンであった。

馬の腹にハエが止まると、皮膚に筋肉収縮の波紋が生じる。これはくすぐられた子供が身をよじることに相当する。ただウマはくすぐられても笑わないし、子供も必ずしも笑うわけではない。子供が笑うのは、くすぐりが「いたずら的攻撃」(つまり少々攻撃的な装いをした愛撫)であることを察したときだけである。

ここがいちばん重要なことだ。他人にくすぐられると笑うが、自分でくすぐっても笑わないのも、同じ理由による。(略、エール大学での赤ん坊のくすぐり実験)

P207 このようにくすぐる者は攻撃者に扮すると同時に、攻撃者でないと見抜かれている必要がある。くすぐりは、おそらく赤子をふたつの平面に同時に生活させる人生最初の情況だ。こわい喜劇役者にくすぐられるという楽しい試練なのである。

(略、<視覚的ユーモア>、<音楽のユーモア>)

2.6.8 ユーモアを左右する三つの基準 P209-210
2.6.9 科学・芸術・ユーモアをつなぐベクトル P210-212
P210 ベルクソンやフロイトの理論を含め、これまでの理論はユーモアを孤立した現象とみなすばかりで、喜劇と悲劇、笑いと泣き、そして芸術的インスピレーション、芸術的創造性、科学的発見の間にP211ある密接な結びつきに光を当てようとしなかった。

しかしすでに述べたように、これら三つの創造活動の領域は連続体を形づくっており、ウィットと発明の才の間にも、あるいは発見の芸と芸術の発見の間にも、きわだった境界はない。

たとえば、科学的な発見はそれ以前だれも見ることのなかったアナロジー(類似)を見つけることだと述べた。旧約聖書『雅歌』でソロモンがシュラムの首を象牙の塔にたとえたとき、ソロモンはだれも見なかったアナロジーをそこに見たのである。

ウィリアム・ハーベイがむきだしの魚の心臓に機械式ポンプを見てとったときもそうだし、風刺画家がキュウリのような鼻を描くときもまたしかりである。じつは、ユーモアの「文法」としてすでに述べたバイソシエーションのパターンは、すべて事情しだいで芸術にもなるし、発見にもなる。しゃれには韻と共通するものがあるが、同時に言語学者が取組む問題とも共通部分がある。

相容れない行動基準の衝突は喜劇にも、悲劇にも、あるいは心理学の新しい知見にもなる。精神と無力な肉体の二重性はなにもいたずらの専売特許ではない。それは文学の永遠のテーマでもある。人間は神あるいは染色体にあやつられるあやつり人形だからだ。

人間と動物の二重性はドナルドダックによく出ているが、カフカの『変身』や心理学者のモルモット実験にもあらわれている。戯画は画家がかく人物像に対応すると同時に、科学者がかくダイアグラムにも対応する。なぜなら、それらも必要な特徴だけを強調し、あとは除外している。

P212 創造性の根底にある意識的、無意識的プロセスの本質は結合の活動である。それまで分離していた知識と体験の領域をまとめる作業である。科学者は「統合」を達成することを目的とし、芸術家は通俗と永遠の「並置」を目指す。またユーモリストのゲームは「衝突」をひきおこすことだ。

そしてそれぞれの動機が異なるように、創造活動の種類によって、喚起される情緒反応も異なる。発見は「探求衝動」をみたし、芸術は「大洋の感覚」を通して情緒の浄化をうながす。そしてユーモアは悪意を刺激し、それに対する無害なはけ口を提供している。

笑いは<HaHa反応>と言うことができるし、発見にともなう「わかった」の叫びは<Aha!反応>と言える。そして美的な体験の喜びは<Ah…反応>である。

しかし一方から他方への移行は連続的である。ウィットは風刺詩に、劇画は肖像画になる。そして建築であれ、医学であれ、チェスであれ、料理であれ、ここまでは科学の領域ここからは芸術の領域といった明確な境界は存在しない。喜劇と悲劇、笑いと泣き、それは連続スペクトルの両極なのである。

第七章 科学における発見術 P214-221
第八章 芸術と科学の創造性 P224-261
2.8.8 科学と芸術の相補性 P247-252

P247(略)芸術家と科学者はばらばらの世界に住んでいるのではなく、一個の連続スペクトルの異なった領域に住んでいるにすぎないということだった。連続スペクトル---それは、赤外線の詩から紫外線の物理学まで広がっている虹である。(略)

もっとも明白な差は、われわれが科学的業績と芸術的業績を評価するときの判断基準の性質にありそうだ。

両者をわけ隔てている仮想の壁のひとつは、科学者は、芸術家とちがい、理論と実験を照らし合わせることで「客観的な事実」に至る立場にある、という一般的信念である。が、じつは、実験的な証拠によって理論にもとづいた予測が確認されることはあっても、理論それ自体が確認されることはないのである。

P248 まったく同じ実験データでも、いろいろに解釈できることがままあるのだ。---この事実こそ、科学の歴史が文学批評の歴史とおなじくらい多くの悪意に満ちた議論で埋めつくされている理由である。

かくしてわれわれは、実験によって科学的な理論を検証するという相対的に客観的な方法から、美学的価値という相対的に主観的な判断基準まで、一連の連続的な変化を再び手にすることになる。(略)

P249 ボティチェリの聖母マリア像とポアンカレの数学理論とをくらべてみても、創造者の動機や熱意に関して、何の類似性もない。にもかかわらず、無意識の暗中模索のなかで「新たな発見をもたらす適切な組み合わせ」に向けて自分を手引きにするものは「数学的な美、数の調和、形、幾何学的なエレガンス、などの感覚」であり、

P250「これはすべての数学者が知っている真の美的感覚である」と書いたのは、ほかならぬポアンカレであった。存命中のイギリス最高の物理学者、ポール・ディラックなどはさらに極端で、次のような言葉を残している。
「式が実験と一致することより、式に美しさがあることの方が重要だ」
ショッキングな発言であったが、かれはノーベル賞をもらった。そして、これとは逆に、画家、彫刻家、建築家はつねに科学的な、あるいは準科学的な理論に手引きを受け、ときにはそれに悩まされてもきた。ギリシャ人の黄金分割、透視図の幾何学、デューラーとダ・ヴィンチの「完全調和の究極的法則」、セザンヌの「自然のあらゆる形態は球と円筒と円錐に帰すことができる」という教義、等々である。(略)

このように科学者も、芸術家も三福対の連続性を認める。
科学者は理論を手引きする直観力によっていることを自ら認め、芸術家は直観力に規律を課す抽象的な論を評価、あるいは過大評価する。
ふたつの要素はたがいに相手の不足を補っている。そしてそれがどのような割合で結びつくかは、一にかれらの創造的衝動が何の媒体をとおして表現されるかにかかっている。

P251 同種の考え方は、音楽の理論的側面である和声と対位法の規則にも適用できる。小説家も詩人も劇作家も、真空のなかで創作するわけではない。かれらが認識していようがなかろうが、かれらの世界観はその時代の哲学的、科学的思潮に影響されている。ジョン・ダンは神秘主義者であったが、彼はガリレオの望遠鏡の意味をただちにみてとった。
人間は網を編み、網は天に投げられた、そしていま、天は人のもの
ニュートンもこれに匹敵するだけの影響力をもっていた。もちろんダーウィンも、マルクスも、『金枝篇』のフレーザーも、フロイトも、あるいはアインシュタインもそうだった。キーツの『ギリシャの壺に書かれた頌詩』は有名な文句で終わっている。
美は真なり、真は美なり、それがこの世で汝らの知るすべてだ。そして汝らに必要なのは、知ることだ
P252 これは確かに詩的な誇張表現であるが、それはまた、教育、社会システムの奇習によって人工的に引き裂かれたふたつの文化が本来ひとつであるという信念の吐露である。(略)

2.8.9 科学と芸術の進化サイクル P252-261


『漱石が見た物理学』

5章 相対性理論の誕生 P151-179
夢見る芸術家 P171--173

ところが、アインシュタインは、こうした一般的な捉え方を超えた観点から物理学を眺めていたような印象を受ける。つまり、個別の実験結果を解釈するために理論を提唱するのではなく、理論そのものに---あえて言えば、実験を度外視したところで---つくり出されるべき必然性を初めから見て取っていたのである。(略)

P172 電磁気学と力学の法則の成り立ち方に対称性を求めるという姿勢から生まれたものであった。(略)アインシュタインは、理論構成の美しさを追及する中に物理学の本質を見据えていたのである。それはむしろ芸術家の目に通じるものがあるのかもしれない。

終章 再び漱石と物理学 P180-193
自然派と浪漫派 P183-186

P183 それは、例の「光線の圧力」に触れた個所である。(略)広田先生(『三四郎』の中で重要な役割を果たす登場人物の一人)が、次のような言葉を述べるくだりがある。
どうも物理学は自然派じゃ駄目のようだね。・・・だって、光線の圧力を試験するために、眼だけ明けて、自然を観察していったて、駄目だからさ。自然の献立のうちに、光線の圧力という事実は印刷されていないようじゃないか。だから人巧的に、水晶の糸だの、真空だの、雲母だのという装置をして、その圧力が物理学者の眼に見えるように仕掛けるのだろう。だから、自然派じゃないよ。
ここで広田先生の言う自然派とは、人為的な操作を無理に施すことなく、自然をあるがままに捉えようとする態度を指しているのだろう。(略)

P184 あるがままの自然を思弁的に解釈するだけに終わったアリストテレスの学説が、如実にそうした顛末を物語っている。さきほど引き合いに出されたガリレオやニュートンにしても、常に自然派にとどまったわけではなく、一方において、容赦なく自然の中に斬り込んでいったのである。(略)

切りつめられた天使の翼 P186-189

P186 実験という手法を駆使して自然の中に果敢に踏み込んでいく物理学の姿勢は、近代科学の誕生とともにほぼ出来上がっていたことがわかるが、これに対し批判的な感情を抱く人々もいた。たとえば、イギリスの詩人キーツは、一八一九年に発表した詩集『レイミア』の中で、ニュートンの光学実験を取り上げて、次のように書いている。
冷たい学問の手に触れられ
魅力は飛び去って行くではないか
かつては天に神秘の虹があった
今やその横糸も織地も知られ
虹はありふれたつまらぬものとなる
学問は天使の翼を切りつめ
規則と線都で神秘を征服する
空からは霊を、地からは精を追い出し
虹をときほぐす
(小黒和子「英詩にあらわれたニュートン像」『ニュートンの光と影』共立出版)
P187物理学が、実感という人為的な操作により強引に自然の神秘を引き剥がしてゆくさまを、キーツは「天使の翼を切りつめ・・・精を追い出す」と表現したのである。(略)また、これより少し前、ゲーテが『色彩論』(一八一〇年)を著わし、ニュートンの光学実験を方法論の観点から、ヒステリックなほど激しく攻撃したことはよく知られるとおりである。

しかし、キーツが嘆こうが、ゲーテが論駁しようが、実験を強力な武器として自然を解体し、P188その中から探し求める対象の本質を抜き取るという物理学の手法に、大勢として影響が及ぶことはなかった。(略)ところが、今世紀に入り、量子力学と相対性理論の記述する、およそ人間の感覚を超越した対象を相手にするようになると、実験の規模も内容も、こんなのどかな雰囲気のものではすまなくなってきた。(略)

小説と人生 P189-190

さて、その寅彦と熊本で出会って間もない一八九六(明治二九)年一〇月、漱石は第五高等学校の『龍南会雑誌』に「人生」と題する一文を発表している。まだ、作家になる前の無名時代のP190小論ではあるが、数学と文学を比較させながら人生について触れた次のような一節があるのに気がつく。
二点を求め得てこれを通過する直線の方向を知るとは幾何学上の事、吾人の行為は二点を知り三点を知り、重ねて百点に至るとも、人生の方向を定るに足らず。人生は一個の理屈に纏め得るものにあらずして、小説は一個の理屈を暗示するに過ぎざる以上は、サイン、コサインを使用して三角形の高さを測ると一般なり。吾人の心中には底なき三角形あり、二辺並行セル三角形あるを奈何せん。
(略)P191これに関連して、漱石は『三四郎』の中で、「イプセンの劇は野々宮君と同じ位な装置があるが、その装置の下に働く人物は、光線のように自然の法則に従っているか疑わしい」と書いている。光線の圧力は、一定の実験条件(装置)のもとで、常に電磁気学によって計算される値と一致する。

ところが、イプセンが『人形の家』の中で設定した条件の中で、主人公のノラがとった行動は、漱石の言う「一個の理屈」にすぎない。自然の法則とは異なり、人間は、その時々に応じ、本人すら予知できぬさまざまな振る舞いをするものだからである。

漱石文学の魅力 P191-193

したがって、『こころ』の中で自ら命を絶った「先生」も、友人の妻(美千代)を奪うことになる『それから』の主人公、大助も、そして未完に終わった『明暗』でかつての恋人(清子)への未練を断ち切れず逡巡する津田も、すべてが文学という虚構の世界で漱石が暗示した「一個の理屈」にすぎないことになる。ところが、不思議なことに、こうした作品を読んでいると、われわれはいつの間にか漱石が綴る筋書きの中に引きずる込まれ、それが「一個の理屈」ではなく、あたかも何らかの法則に支配された必然の展開であるかのような錯覚に、いっとき陥ってしまう。

『人間の建設』(参照

数学も個性を失う P25-34

小林 このごろ数学は抽象的なったとお書きになったでしょう。私ども素人から見ますと、数学というものはもともと抽象的な世界だと思います。そのなかで、数学はこのごろ抽象的になったとおっしゃる。不思議なことがあるものだ。抽象的な数学のなかで抽象的ということは、どういうことかわからないのですね。

観念的になったといったらおわかりになりますか。

小林 わかりません。

それは内容がなくなって、たんなる観念になるということなのです。どうせ数学は抽象的な観念しかありませんが、内容のない抽象的な観念になりつつあるということです。内容のある抽象的な観念は、抽象的と感じない。ポアンカレの先生にエルミートという数学者がいましたが、ポアンカレは、エルミートの語るや、いかなる抽象的な概念と雖も、なお生けるがごとくであったと言っておりますが、そういうときは、抽象的という気がしない。つまり、対象の内容が超自然界の実在であるあいだはよいのです。P26それを越えますと内容が空疎になります。中身のない観念になるのですね。それを抽象的と感じるのです。

小林 そうすると、やはり個性というものもあるのですか。

個性しかないですね。

小林 岡さんがどういう数学を研究していらっしゃるか、私はわかりませんが、岡さんの数学の世界というものがありましょう。それは岡さん独特の世界で、真似することはできないのですか。

私の数学の世界ですね。結局それしかないのです。数学の世界で書かれた他人の論文に共感することはできます。しかし、各人各様の個性のもとに書いてある。一人一人みな別だと思います。ですから、ほんとうの意味の個人とは何かというのが、不思議になるのです。ほんとうの詩の世界は、個性の発揮以外にございませんでしょう。各人一人一人、個性はみな違います。それでいて、いいものには普遍的に共感する。

個性はみなちがっているが、他の個性に共感するという普遍的な働きをもっている。それが個人の本質だと思いますが、そういう不思議な事実は歴然としてある。それがほんとうの意味の個人の尊厳と思うのですけれども、個人のものを正しく出そうと思ったら、そっくりそのままでないと、出しようがないと思います。

一人一人みな違うから、不思議だと思います。漱石は何を読んでも漱石の個になる。芥川の書く人間は、やはり芥川の個をはなれていない。それがいわゆる個性というもので、全く似たところがない。そういういろいろな個性に共感がもてるというのは、不思議ですが、そうなっていると思います。個性的なものを出してくればくるほど、共感がもちやすいのです。

美的感動について P71-81(tw,tw)

P72 (略)言い表しにくいことを言って、聞いてもらいたいというときには、人は熱心になる、それは情熱なのです。そして、ある情緒が起こるについて、それはこういうものだという。それを直観といっておるのです。そして直観と情熱があればやるし、同感すれば読むし、そういうものがなければ、見向きもしない。そういう人を私は詩人といい、それ以外の人を俗世界の人ともいっておるのです。

芥川は詩という言葉が好きでした。しかし詩という言葉の意味は説明していない。私が大学を出て二年目に芥川は死んだのですが、私たち芥川の同好者が寄って話をするとき、P73最も話題になるのは、芥川が呼んでいる詩とはなんだろうということでした。それは直観と情熱だというふうに説明すればわかるのじゃないかと思ったのです。

漱石の書いたものには詩がある、しかし鴎外にはそれがないと言っていますね。それを鴎外はいけないという意味にとったら問題が起こるでしょうが、漱石はそれをいかに表すかに情熱をそそぎ込む。それをさしているのだろうと思います。

『声の文化と文字の文化』(相互参照)


P53 アレグザンダー・ポープ(1688-1744)は次のように述べていた。詩人の「機知wit」とは、「しょっちゅう人々の脳裏に浮かぶような平凡なこと」でも、「こんなに上手に言い表されたことはこれまで一度もなかった」と読者に思わせるようなしかたでそれを表現できることでなければならない、と。(関連tw)

『古典物理学を創った人々』


ユージン・ヴィグナー「自然科学における数学の不思議な(理不尽なまでの)有効性」

『近代文化史Ⅰ』

P21-天才は時代の産物なり

P38-合法的な剽窃

P39 人類の精神史そのものが、初めから盗みの歴史だった。アレクサンドルスは父のフィリッポスから、アウグスティヌス(相互参照(1,2))はパウロから、ジョットはチマブエから、シラーはシェイクスピアから、ショーペンハウアーはカントから(参照)盗んだ。

精神文化が沈滞するときがあるとすれば、その理由は、盗むべきものが少なすぎることによるのだ。中世に盗まれたのは教父たちとアリストテレスだけだった。これでは少なすぎた。ルネサンス時代(tw)においては、文学遺産と名のつくものが一切合財ごっそりと盗まれた。

(略)

たしかに、偉大な詩人たちはしばしば独創の才を発揮する。しかしそれは、そうでなければならない場合だけのことだ。

彼らは、独創性を発揮しようとする意志を全然もたない。そういう意志をもつのは二流の文士たちだ。一流の詩人とは、P40彼の見るもの、見ることのできるものだけを見て、それ以外のものを見ない人間のことだ。

詩人は、何の制約もうけずに自分本来の使命に没頭できることを喜ぶ。シェイクスピアがプルタルコスから写しとったのは、彼が詩人であった(にもかかわらず)というのではなく、詩人であった(ゆえに)なのだ。

天才は善にして価値あるものに情熱的な愛を抱く。天才はそれ以外のものを求めたりしない。自分以外の者、たとえばプルタルコスがすでに真理をもっているとしたなら、なぜわざわざ一歩遠ざかる必要があるというのだろうか?

遠ざかってみたところで、何になろうか?大きさと真実味に劣る真理を古い真理の代わりに置く危険を冒すことになるではないか。天才は、自分の独創性を失うこと以上に、こういう危険を恐れる。

だったらむしろ写しとるに如くはない。いっそ剽窃者であるほうがましだ、と天才は考える。

P55-最大の適応力を持つものが生き残る

P60-生産への逃避

P60 生産への逃避 およそすべての天才的な仕事にとってアポロン的な構成要素が必要であることは、だれしも認めるところだろう。だが、ディオニュソス的な要素もまた重要であることは、とかく見過ごされがちだ(参照)。

天才たちは潜在的な狂人であるばかりか、潜在的な犯罪者でもあり、彼らが刑法に触れる行為をしないですむのは、ひとえに、彼らが天才であって、生産的な行為に逃避することができるからにほかならない。

「どんな犯罪の話を聞いても、私がしでかさずにすんだと思えそうな犯罪などありはしなかった」と、ゲーテは言った。これは詩人たる人の本質を言いあてている。詩人がおかさずにすむ犯罪は、表現の領域の外側にあることになろう。

しかし彼が一つも犯罪を実行しないですむのは、彼が芸術という手段で犯罪を造形できるからなのだ。ヘッベルが次のように書いているが、それは意味深長な自己認識であり、彼自身が感じていた以上に意味深長だった。

「シェイクスピアは殺人者たちを創造したおかげで、自分自身が犯罪者にならずにすんだのだ」ヘッベルの戯曲は血に充ちているし、彼の日記を読んでも、あらゆる種類の殺人話を彼がことのほか面白がっていたことが窺えてびっくりする。

殺人事件の話を聞くたびに、彼はそれを書きとめて、その心理を分析し、ああのこうのとひねくりまわした。事件とは直接関係ないことにまで思いをめぐらすほどの気の入れようだった。

シラーもまた、その気になったら天才的な強盗になっただろうし、バルザックも、傑出した高利貸しになれそうな人物だった。でも、彼らの作家としての才能のほうが、強盗や高利貸しとしての才能よりもずっと、比較にならないくらいに大きかった。

ダンテとミケランジェロ、ストリンドベリとポー、ニーチェ(tw)とドストエフスキー(参照)といった芸術家や作家は皆、芸術に救われた殺人者ではなかったか?

世界史に名だたる「残忍非道の者たち」、たとえば、カリグラとティベリウス、ダントンとロベスピエール、チェーザレ・ボルジア(tw)とトルケマダは、ひょんなことから現実へ押しこめられてしまった芸術家ではなかったろうか?

そして、芸術家になりたいとの野心をもっていたネロ(参照)は、もしも芸術家造形の力をもっていたならば、P61「血に飢えた犬」にならずにすんだのではあるまいか? ≪クアリス・アルティフェクス・べレオ≫というラテン語の句を、「なんと妙なタイプの芸術家がわが身の内で死ぬことやら」と訳してもよいのではないかと思われる。

芸術家ばかりではない。宗教的な天才もまた、「刺激を受けやすい弱点」を必要とする。ブッダ、アッシジのフランチェスコ(tw)のような人物は異常に刺激を受けやすい人であるからこそ、他人の悩みのことごとくを自分の内部で追体験して、誰を見ても自分の兄弟と思うことができたにちがいない。

天才的な自然科学者についても同じことがいえる。宇宙にまきちらされているなんらかのエネルギーに対して、他人には及びもつかない病理的な感受性を持っているに相違ない。

そうでなければ何も発見できはしないだろう。大きな宗教が発生する時代はつねに、民族的規模の異常心理が生じた時代でもあった。ギリシャにおけるオルぺウス教の時代、原始キリスト教時代の数世紀がそうだった。

新しい世界像が熟しかけていた時代がそうだった。しかもこのような場合、いずれも、(本当の)病気が問題となる。すでに暗示した通り、釣り合いをとろうとする調整組織、病気から身を守ろうとする知的な上部構造は、いつも後からつくられるものなのだ。

という次第で、私たちはまたしても、そもそもの出発地点にもどることになる。

(略)

P200
P201天才とは、好奇心にかられてあちこち掘りまくる人のことではない。天才が口にするのは、もとをただせばどこの誰にも言えそうなことばかりだ。しかし天才はそれを、どこの誰にも言えないほど簡明かつ適切に、深い意味と感情をまじえて語る(tw,tw)。

天才は、多くの人々、いや、すべての人々の中ですでにおぼろげにまどろんでいた時代思想を、二番煎じで語っているにすぎないのかもしれないが、しかし、彼の語り方には聞く人を魅了する説得力と、誰にも有無を言わせない平明さがこもっているので、時代精神がようやく共有物になることができる。

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『クラチュロス』の二つのルートによる帰還(随時更新) https://twitter.com/i/moments/803704894146297857?lang=ja