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P201 黒人と言えば奴隷、そしてニューオルリーンズと言えば、"ユダヤ系"投資銀行のなかで特異なフランスの「ラザール・フレール」がこの土地で一八四八年に操業していた。南北戦争前のことである。なぜ、目ざといユダヤ系マーチャント・バンカーのラザール兄弟がここに目をつけたかと見れば、ミシシッピー河の河口地帯。アメリカ中西部まで船で一直線に通ずる貿易の要石がニューオルリーンズであった。
オルリーンズは、フランス語のオルレアン地方を意味するが、上流までたどるとセントルイスとシカゴが見えてくる。こちらは白人のシカゴ・ジャズが幅を利かせ、そして『アンタッチャブル』のマフィアが支配した地帯だが、現代では、世界最大の穀倉地帯として知られている。
ヒッチコック映画『北北西に進路を取れ』でケイリー・グラントがぽつりと大平原のなかに取り残され、危機に陥るシーンが思い起こされる。彼はトウモロコシ畑に身を隠したが、それがこのコーン・ベルトと呼ばれる地方だった。麦やトウモロコシが河を下ってニューオルリーンズから海外へ送り出されてゆく流れを見れば、河口に陣取ったラザール・フレールが地球の穀物を動かしている可能性がある。
農産物の"自由化"が全世界を揺るがす問題となっている現在、このマーチャント・バンカーの正体が大いに気になるところだ。
ラザールの名は、ユダヤ人虐殺"ポグロム"の嵐が吹き荒れた帝政ロシアの物語『屋根の上のバイオリン弾き』に登場した愉快な肉屋のラザールを連想させるが、ニューオルリーンズの商会はいささか違う。貧困に喘ぐユダヤ人ではなく、黒人を鞭打つ大資本家だろう。
ネイサン・ロスチャイルドが他界して十二年後の一八四八年、この地に開業したラザール・フレールは、投資銀行としての宿命からビューヨークに進出することになったが、ここで彼らが手を組んだ相手はロスチャイルドではなかった。
当時ヨーロッパの五大投資銀行と呼ばれたのは、ロスチャイルド、モルガンのほかに、タイタニック号で死亡したグッゲンハイムの一族セリグマン兄弟を生み出したセリグマン商会、この創業者もニューオルリーンズでこの世を去っている。
そしてあと二家族があった。これまで一度も登場していないが、いずれもユダヤ人のシュテルン(スターン)家とシュペヤー家である。ところがこのうちシュルテン家は、ネイサン・ロスチャイルドの兄サロモンに嫁を出し一族になってしまい、その後も、調べて分かる限り三たびロスチャイルド⁼ゴールドシュミット一族と結婚を繰り返した。
残るシュペヤー家だけがロスチャイルドと離れて、しかも同じフランクフルトを本拠地として活動していた。同じユダヤ人としては珍しい例である。そして十八世紀までさかのぼって資産を当ってみると、驚いたことに、今日ではほとんどP202聞く機会さえないシュペヤー家が、ロスチャイルド家よりはるかに大金持ちで、当時フランクフルトのユダヤ人として圧倒的な第一位を誇る富豪であった。
ロスチャイルドをしのぐ?その通り、われわれの物語が初代マイヤー・アムシェルから出発してしまったため、とんでもない大富豪を歴史のなかに見落としてしまったのである。ニューオルリーンズに開業したラザール・フレールは、実はこのシュペヤー家と結婚してアメリカ進出を大掛かりに展開したのである。したがって資本だけ見ると、ロスチャイルド家とは切れていた。
読者に現実の世界のなかでこの物語を聞いていただいたのは、たとえば最近、一九八六年のウォール街の投資家として最大の収入を得た人物がどれほどの金を稼いだかと言えば、日本円にして百七十八億円である。わずか一年でこれだけ稼いでしまう。
その男は、「ラザール・フレール」の最高幹部マイケル・デヴィッド⁼ウェイル(フランス名ダヴィッド=ヴェーユ)なる人物で、ほとんど誰もその名を知らない。しかしわが国のアメリカ企業買収が問題になっているなら、そのかなりの部分を仕組んできたラザール・フレールを知らずには、日米経済摩擦の本質が分かるはずもない。
ロックフェラー・センターの最上階にこの商会のオフィスがある、と言えば、なるほど世界の大企業が何を目論んで買収問題に火が付いたかということも推測できるだろう。さて、このウォール街の収入ナンバー・ワンを記録したマイケル・デヴィッド⁼ウェイルのルーツを辿ってゆくと、曾祖父のアレクサンドル・ウェイルが、予想された通りラザール兄弟と血縁関係を取り結んでいた。
そのウェイル家が、巨人ゴリアテを倒したユダヤの王ダビデの名を頭に付けて、現在ではデヴィッド⁼ウェイル(David-Weill)と改姓している。結局、ラザール家⁼シュペヤー家⁼ウェイル家が大合同して、もうひとつのユダヤ王ロスチャイルドに立ち向かったかに見える。
ところが今世紀に入って、一九一八年に第一次世界大戦が終了したころだった。このニューオルリーンズからさらに左へメキシコ湾を描いてゆけば、文字通りそこにメキシコがある。前世紀末からここに乗り込んで石油をひと山当てようと企んでいたイギリス人ピアソンが、一九〇八年に当時世界最大の油田をドス・ボカスに掘り当て、その油田が大爆発を起こして五百メートルの高さまで炎を噴きあげる地獄図を描きながらも、アメリカの石油王ロックフェラーと激しい争いを演じていたのである。
ピアソンがヨーロッパの"ある富豪"にメキシコの石油利権を売り渡し、莫大な富を懐に入れたのが大戦直後のことであった。断るまでもないが、買い取ったのはロスチャイルド家であった。ピアソンはその大金を別のところに投資してさらに大きな夢を描こうとした。
石油を積んだ船がバーミューだ三角海域P203を通って大西洋に乗り出し、ヨーロッパに向かう途中、この山師がたびたび目にしたのがニューオルリーンズとニューヨーク、つまり、「ラザール・フレール」の看板だったのである。ピアソンは意を決すると、自分の資金をこの投資銀行の金庫と足し合わせ、巨大銀行に育てる話しを持ちかけた。
こうして両者が合体し、ピアソン自身はラザール商会の資本を半分握ってしまったのである。ロンドンには、マダム・タッソーの蝋人形館がある。そのオーナーがこのピアソン家だ。さて、この物語の重要な流れにお気づきだろう。ラザール商会には、誰の金が流れ込んだのだろう。
フランス・ロスチャイルド商会を開いたのはネイサンの弟ジェームズだったが、彼がニューオルリーンズに支店を開き、ラザール・フレールの力によって南部の綿花を買いつけ、両者は緊密な関係に入った。こうして"赤い盾"はいつの間にか、ユダヤ人の対抗勢力だったはずのラザール・フレールの資本に半分食い込み、まんまと仲良くパートナーとなってしまった。
ここまで話が進めば、ロスチャイルド家の十八番、あとは実生活でもベッドを共にするというしきたりが待っているだけで、ピアソンがラザール商会の経営権を握った一九一九年からわずか四年後に、ある重要な結婚式がおこなわれた。
新郎はジャン・デヴィッド⁼ウェイル
新婦はアンヌ・グンツブルグ
ウォール街収入トップを記録したマイケルの伯父と、その相手はわれらの背ビレ四枚ジェームズ・ゴールドスミスのパートナー"ロシアのロスチャイルド"と呼ばれたグンツブルグ家の女性になる。〆めて、ロスチャイルド家とラザール家の血がつながった、という偉大なる儀式。
この一九二三年六月十四日の挙式をもって、ロスチャイルド家は今日まで、ニューヨークとパリのラザール兄弟(フレール)、ロンドンのラザール兄弟(ブラザース)を縦横に動かしてきた。かつてはアンドレ・マイヤーという偉大なる銀行家が現れ、今日では、買収合戦で必ずや企業家を震えあがらせるフェリックス・ロハティンという懐刀を駆使して、ラザールのゆく所には巨大なサメが姿を現す。
十九世紀ヨーロッパの五大投資銀行は、こうしてひとつの力に糾合され、二十世紀末の金融戦争を演出することになった。では、メキシコから下ってパナマ運河とコロンビアまで達すると、そこにある麻薬戦争とは何であろうか。
パナマに現れた出生不明のノリエガ将軍は、売春婦の暴力事件などを起こしながら、なぜか一九六八年には参謀本部の情報部長に就き、税金などの機密情報を一手に握った男であった。一九八九年十二月に米軍がいきなりパナマに侵攻して、この悪大将を捕えてみたが、さて、"知りすぎていた男"を料理するのにアメリカも四苦八苦、全世界の富豪が脂汗を流しながらその処分法に注目していたようである。余計なことP204をしゃべらずにいてくれればよい、というわけだ。
略
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