2019年8月3日土曜日

偏愛メモ 『娘が語る白蓮』

第六章 戦時下の密使 P98-110

(P98-)

蒋介石への使者・宮崎龍介の手記から
P98 昭和六年(一九三一)九月一八日、満州事変開始とともに戦争反対の声は押しつぶされていきました。満州は日本の生命線であると主張され、軍は中国進出を進めていくことになります。

近衛内閣は中国との戦争を拡大させまいとしましたが、軍はこれにしたがわず、無視する形で日中戦争へと突き進みます。軍部の力の台頭でP99しだいに日本は暗くなっていきました。

そうしたなかで、父が日中の和平交渉をめざして密使を頼まれるという出来事がありました。「蒋介石への使者」という手記を残しております。それを主な参考資料として、事件の顛末をお話してみます。

日本国内は満州事変でかなり騒々しくなっておりました。昭和七年(一九三二)六月下旬のある日、麻布にあった中華民国駐日本大使館から、参事官の丁紹伋が父のもとへ突然訪ねて来られ、「日本軍はいったどこまで進むのでしょうか。何とか食いとめる方法はないんでしょうか」と訴えられました(相互参照)。

彼と父は一高時代の同窓生で、学内で作る「日華同学会」のメンバーだったのでとくに親しくしていました。上司から父に考えを聞いてくるようにと言われたそうです。

拡大する軍部
ジュネーブの国際連盟の会議では、リットン調査団の調査をめぐって、松岡洋右代表が反発。各国からの対日圧力が強くなるのに比例して、日本軍部の反発は激しさを増ていました。

P100 そして満州事変の拡大はとめどを知らぬ様相をみせます。こうしたなかで、国内では政治家も民間も、心ある人たちはひそかに、無軌道な軍部の行動を憂慮していたのです。これを食いとめる力は政府にも国会にもなく、まして一介の民間人にそんな対策があろうはずはありません。

日露戦争で勝った日本は、強国の仲間入りをしたつもりだったのでしょう。英米や独伊や仏露と肩を並べて、帝国主義を実践しはじめました。台湾や樺太を手に入れ、小さいながらも植民地支配の味を覚えて、やがて朝鮮を併合し、満州に手を伸ばしました。

でも、アジアに強い利害のある欧米が、極東での日本の支配拡大を黙って見ているわけがありません。日本は資源に恵まれていません。石油や鉄、ゴムなどいずれもない、大豆や砂糖など食料にも事欠く。こんななかで、西欧勢力に包囲されると、発展どころか生きてゆけなくなる。

  こうした思い詰めた考え方が、若い軍人や青年の間に流行しはじめたのです。父の考えでは、もともと日本を圧迫しているのは西欧列強P101なのだし、中国も西欧勢力から搾取されて半植民地になっているのだから、日本は中国と連合して、英米の世界支配を打ち破る姿勢をとるべきだとなるのですが、残念ながら政治家も一般国民もそうは考えなかったのです。軍部の力は、大きくなっていくばかりでした。

昭和一二年(一九三七)七月七日、盧溝橋事件が起きました。こうして満州事変はとめどなく加速度的に進んでゆきます。政治家は軍部を制御する力をまったく失ってしまいました。

秋山翁からの依頼
七月一九日、午後三時、麹町の秋山定輔翁から父は突然電話で呼び出されました。秋山翁は中国の国父・孫文の盟友の一人であり、その苦難の時代の援助者でした。蒋介石も、翁に対しては、辛亥革命の恩人の一人としてかねて敬意を払っている間柄でした。(略、二人が面会したときの様子)

P102 「君、すぐ南京に行ってくれ」と言われました。あまりに突然に、重大な注文を、藪から棒に突き出され、父は戸惑って返事ができなかったといいます。(略)翁と父の緊迫した様子が次のように残されています。

「蒋君(蒋介石)を日本に連れてこい」と命令口調でいってのけました。「何のためにですか」。「わかりきっているじゃないか」。沈黙。「日本外道の懺悔だ。これを蒋君に聞いてもらうんだ。蒋君は聞く耳を持っているはずだ」。また沈黙。

翁が何を考えているかおよそ判断がつきましたが、いまや北方からの日本軍の侵入に対して、蒋介石は対日抗戦のため、国府軍の総司令に就任していること、もう一つは日本軍部が近衛文麿首相や翁などの計画の線にそって、自制行動をとられるかどうかでした。

P102 (略、要請を一度は断るが、説得されて、受け入れる)

蒋介石との面会に向かった父
父・龍介は早速、当時原宿に住んでいた中華民国大使館員を訪ね、蒋主席の諾否を問い合わせてくれるよう依頼しました。銀座松屋内のP104交通公社に行き、上海行きの汽船を調べてみると七月二三日は米国汽船プレジデント号、二四日には日本郵船の長崎丸が、神戸から上海へ向け、出帆することが分かりました。

(略、蒋介石から承諾の返事、任務に対する家族の反応など)

P105 ところで、このとき、近衛文麿さんの密書を携えたという記述の本などもあるようですが、実際は、私たちは見たことがないんです。蒋介石を連れてくるという依頼でしたから、口上というか、口頭でのメッセージはあったのかもしれませんが・・・。

憲兵隊に身柄をおさえられる(相互参照

    (以下、略)

(盧溝橋事件、①近衛文麿・蒋介石直接交渉案②宮崎龍介密使計画の記述の有無)
 →①無②有『娘が語る白蓮』第六章 戦時下の密使 P98
 →①有②有『夢顔さんによろしく(上)』P208
 →①有②無『日中戦争はドイツが仕組んだ』2.2 不拡大か一撃か P64
 →①有②無『上海エイレーネー』P40
 →①無②無『日本近現代史入門』5.2 盧溝橋事件(日中戦争)P264
 →①無②無『重光・東郷とその時代』第六章 盧溝橋事件 P200
(訂正)
 →①石原莞爾少将「蒋介石と近衛文麿の直接交渉案」について、いくつかの本の記述(>tw)