2019年10月16日水曜日

偏愛メモ 『親密性の変容』(随時更新)

3 ロマンティック・ラブ等の愛着 P61-75

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P62 「情熱」という言葉が---宗教的情熱を意味していた古くからの用法とは明らかに異なり---世俗的な意味合いで用いられるようになったのは、おおむね近代に入ってからであるが、情熱的な愛情を、つまり(情熱恋愛)を、愛情と性的愛着とがひとつに結びついていったことの現れと見なすのは理にかなっている。

情熱的愛情の著しい特徴は、現実にあつれきの生じやすい日々の型にはまった行いから、情熱的愛情が徹底的に切り離されている点である。相手にたいする感情的没頭は--そうした没頭が非常に強いため、その人は、あるいは双方とも、自分たちの通常の務めを無視するかもしれないほど---強く働いていくのである。

情熱的愛情には、その熱狂さの点で宗教的なものになりうるような、人を魅了していく側面がある。その人には、世の中のすべてのことがらが突然新鮮なものに見えてくる。しかし、同時にまた、その人の関心が非常に強く愛情の対象に集中していくため、おそらくそれ以外のすべてのことがらは、その人の関心を引き付けることができなくなる。

対人関係の次元では、情熱的愛情は、カリスマ性と似た意味で、明らかに破壊的な力を有している。人を世の習わしから切り離し、自己犠牲だけでなく、もっと極端な選択肢をも進んで検討する覚悟を生みだしていくていくからである。

こうした理由で、社会的秩序と社会的義務の観点から見た場合、情熱的愛情は危険性をともなっている。いずれの社会においても、人びとは、情熱的愛情を結婚生活の必要条件なり十分条件とは認識していなかったし、また、ほとんどの文化で、情熱的愛情を、結婚生活にとって始末に困るものと見なしてきたことは、まったく意外でもないのである。

P63 情熱的愛情は、かなり普遍的な現象となっている。しかし、私見では、情熱的愛情は、文化的にかなり特異な感情であるロマンティック・ラブとは区別してとらえていく必要がある。そこで次に、こうしたロマンティック・ラブの示唆的な特徴をいくつか明らかにし、その担う意味について究明していきたい。

私の目的は、主としてのロマンティック・ラブの分析にあり、ロマンティック・ラブの歴史を、たとえ縮図的なかたちでも示すことに関心があるのではない。とはいえ、まず最初に、ロマンティック・ラブの歴史について手短に説明しておく必要があろう。

3.1 婚姻、セクシュアリティ、ロマンティック・ラブ P63-67
P63 前近代のヨーロッパでは、ほとんどの婚姻は、互いの性的誘因ではなく経済的事情をもとにおこなわれていた。貧しい人びとの間で、結婚は、農業労働力を調達する手段であった。辛い労働に絶えず追われた生活が、性に対する熱中をもたらすことなど、ありそうもなかったのである。

一七世紀のフランスやドイツの農民層では、接吻や愛撫等の性行為と結びつく肉体的愛着は、夫婦間ではめったに見られなかったと言われている。とはいえ、男性が婚外性関係をもつ機会は、頻繁に見られたのである。

ただ貴族階級では、「れっきとした」女性の間でも性的放縦が公然と許されていた。性の自由は、権力を結果的にともない、権力の表出であった。貴族階級では、時代や地域にもよるが、女P64性は、独自に性的快楽を追求できるほどに、子を生むことの要求や、毎日の家事から解放されていたのである。

もちろん、こうした性的快楽の追求を結婚生活と結びつけて考えることは、実際上まったくなされなかった。情熱的愛情をとおして永久不変な愛着を生みだそうとするものは、悲しい運命をたどるという教えを人びとに徹底させるような物語や神話を、ほとんどの文明が創り出していったように見える。

P64 結婚生活における「禁欲的な」セクシャリティと、婚外性交渉の有するエロス的ないし情欲的な側面との分化は、ヨーロッパ以外の貴族階級の間でもごく普通に見られた。

しかし、キリスト教の倫理観と密接に結びついた愛情を理想化する観念の出現は、ヨーロッパに特有のものであった。

   →「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか?」(参照

神を知るために、人は神に身を捧げなければならず、またそうした帰依をとおして自己理解を達成できるという戒めが、男女の摩訶不思議な結びつきにとっても不可欠な要素となっていったのである。情熱的愛情に特徴的な、束の間の相手の理想化は、愛情対象へのより永続的な没頭と結びついていた。

したがって、この種の再帰性は、かなり早い時期にすでに見られたのである。

一八世紀後半以降人びとの間でその重要さが認識され始めたロマンティック・ラブは、一方でこうした理想に近づき、また《情熱恋愛》の要素を取り入れていったが、にもかかわらず両者とは別個のものとなっていった。ロマンティック・ラブは、一人ひとりに生の物語性という観念---崇高な愛情の有す再帰性を徹底的に拡大していった手段---をもたらしたのであれる。

物語ることは、「ロマンス」という言葉の担う意味のひとつであるが、この物語性が、次に個別個人化P64し、より広い社会過程とは格別何の結びつきも持たない身の上話のなかに自己と他者を挿入していった。ロマンティック・ラブの高まりは、小説の登場とほぼ同時に生じ、両社の結びつきは、新たに見いだされた叙述形式のひとつとなっていったのである。(略)

P65 ロマンティック・ラブは、即座に相手に魅力を感ずること---「一目ぼれ」---と見なされるP66場合が多い。とはいえ、即座に魅力を感ずることは、たしかにロマンティック・ラブの重要な要素であるが、情熱的愛情の有す性的ないしエロス的脅迫衝動とは、はっきり区別して考えていく必要がある。(略)

「ロマンス」という観念は、その言葉が一九世紀に呈するようになった意味合いでいえば、社会生活全体に影響を及ぼした世俗的変化を言い表すとともに、そうした変化をも促進させていったのである。モダニティは、物理的社会的過程の理性にもとづく理解が、神秘主義やドグマによる恣意的支配に当然とって代わっていくという意味で、理性の優位性と不可分な関係にある。

 →『「愛」と「性」の文化史』(第二章)

3.2 ジェンダーと愛情 P67-75
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関連
『フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか?』P78-(恋愛の発見)
『恋の中国文明史』第八章 新しい恋--『紅楼夢』の謎(参照)