序章 ユーモア学の歩み
古代ギリシャ---プラトンとアリストテレスP 2 プラトン(略)、彼が書いた本には笑いに関する言及があちこちに散見され、しばしば笑いに対して酷く辛辣な意見がのべられている。たとえば、『ピレボス』、『国家』、『法律』などがそれで、彼は笑いをほとんどいつでも嘲笑と同一視し、いわば他人の不幸を見て愉快がるそうした不道徳な行為は、つねに検閲怠りなく、場合によっては国外追放にも処すべきだと言うのだ。
喜劇『雲』のなかで師匠ソクラテスを笑いのめしたアリストパネスに、よほどの敵意をいだいていたのであろうか。われわれ現代人からすれば、それはあまりに厳しく、あまりに偏った見方だと思うのだが、どういうわけか、この見方はその後とても長いあいだ、西洋における笑い思想の支配的見解となった。
その弟子アリストテレス(前三八四~三ニ二)(相互参照)は、『動物部分論』のなかで「人間だけが笑う動物である」(相互参照)とのべ、『ニコマコス倫理学』では笑いに対して先生よりもずっと寛容な姿勢をしめした。たとえば、「笑いは人生に必須のものである」とか、「友情あるところに笑いあり」とか、
P4 「諧謔を解さない者は野暮な田舎者である」(プラトン先生もそうなのだろうか?)というふうに。ただ、人生万般にわたって「中庸の徳」を重んじた彼は、洗練された上品な笑いを良しとし、笑いすぎる者はバカだと厳しく戒めたのではあるが。
またアリストテレスは、『詩学』のなかでギリシャ喜劇の起源を明らかにし、『弁論術』ではことわざや謎かけを素材にして諧謔を生むレトリックを分析し、意外性の衝撃が笑いを生じさせることを主張した。笑いを多面的に論じているうえ、洞察力はあくまで鋭く、今日のユーモア学をはるかに先取りするような卓見を多く展開している点で、「万学の祖」アリストテレスこそ、「ユーモア学の祖」と呼ばれるにふさわしい(相互参照)。
古代ローマ---キケロとセネカ
アリストテレスの伝統を継承して何冊かのレトリック論を書いた古代ローマ屈指の雄弁家キケロ(前一〇六~四三)は、そのひとつ『弁論術について』のなかで、先人や同時代人にまつわる逸話に即しながら、何十項にもわたって笑いを論じている。
(略)
P5いくつかの悲劇のほか、『かぼちゃになった王様』などという風刺劇をみずから書いたストア派の哲学者セネカ(前五~後六五)は、『道徳論集』のなかで、ごくわずかだが笑いを論じ、いちいち泣いたり怒ったりするより、いっそのこと全部笑ってしまえと言ったり、自分への嘲笑を一笑に付したソクラテスや、「泣く哲人」ヘラクレイトスと「笑う哲人」デモクリトスを引き合いに出しながら、笑いのなかにある種の魂の崇高さが宿りうることを主張するのだ。
これは現代人のいだくユーモアの概念に直接通じるもので、たいへんな先見の明と言える。ただし、彼にとって、笑いが最上の人生態度だというわけではない。いかにもストア派の哲学者らしく、彼は何ごとにも泣いたり笑ったりしない「不動心」こそ最上の人生態度だとしたのである。
中世からルネサンスへ---ユーモア学の大空白時代とエラスムス(tw)
P6 こうして古典古代に、細々とではあるが先鞭をつけたユーモア学は、ヨーロッパがキリスト教化された中世には、千年以上にわたる大きな空白時代を迎えることになる。その事情は、ショーン・コネリー主演で映画にもなったウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』(相互参照)の読者なら、容易に察しがつくことであろう。
笑いをけがれた異教的なもの、「涙の谷」を歩むべきキリスト教徒にあるまじき罪悪として敵視するキリスト教会が思想を全面的に支配したために、笑いに関する哲学的思索など生まれようもなかったのである。西洋中世史の泰斗J・ル・ゴフらの研究によれば、とりわけ修道院では笑うことが規則として厳しく禁じられ、笑った修道僧には断食、鞭打ち、破門などの罰則が科せられたそうである。
じつは中世ヨーロッパには、あとで見るように、カーニバル、愚者の饗宴、宮廷道化師など、興味深い笑いの伝統的慣習がいくつもあったのだが、それはあくまで笑いの「実践」レベルのことで、ヘタをすれば異端審問にかけられかねないこのような環境のもとでは、笑いを積極的に論じることなど、とうてい思いもよらないことであろう。
千年以上にわたるユーモア学の空白に終止符を打ち、笑う人間を力強く肯定したのは、P7やはりルネサンス運動である。この時代のヨーロッパには、
・『痴愚神礼讃』を書いた人文主義の巨匠エラスムス(オランダ)など、堰を切ったように、人類史を代表する笑いの文化の巨匠たちが続々とあらわれる。
・たくさんのカーニバル劇を書いた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」ことハンス・ザックス(ドイツ)
・荒唐無稽の極致『ガルガンチュアとパンタグリュエールの物語』を書いたラブレー(フランス)
・悲劇中にも印象的な道化を登場させ、フォルスタッフをはじめ数多くの愉快な人物を造形したシェイクスピア(イギリス)
・古今無双のユーモア小説『ドン⁼キホーテ』を書いたセルバンテス(スぺイン)
中世以来、カーニバルをはじめとする慣習的伝統のなかにずっと封じ込められてきた哄笑が、天才たちの奔放なな想像力によって解放され、哲学、演劇、文学のなかに、新しく躍動的な表現をあたえられたのだ。まさしく笑いはルネサンス的想像力の中核にあり、ルネサンスこそは笑いの文化の至高の時代であった。
このうち、ここで特筆大書すべきは、歴史上はじめて笑いそのものに丸ごと一冊献じられた戯作的思想書、エラスムス(一四六六~一五三六)の『痴愚神礼賛』である。彼はこの本のなかで痴愚神、つまり女装した道化の頭目となって登場し、みずからの痴愚を人類の模範として高らかに賛美する。
彼(彼女?)によれば、痴愚は人類にあたえられた最P9高の恵みであり、笑いを通じて痴愚をふりまく道化(自分はその女親分)は尊敬されるべき存在である。また彼(彼女?)は、おそるべき博覧強記を駆使して神学者など「賢人」たちの愚かしさを嘲笑し、ついには笑い笑わせる道化の狂態こそ真のキリスト教徒のめざすものだと宣言するのだ。
痴愚神の弁舌は、語り口といい内容といい、いまだに驚くほど新鮮であるが、それよりも重要なのは、痴愚あるいは道化の概念を機軸ににしておこなわれた、笑いをめぐる価値の劇的な逆転であり、以後それは現在まで、笑いについて深く語ろうとするときの最高の目標となってきた。
(略)
近代哲学---ホッブス、デカルト、スピノザ、シャフツべり、ハチスン、カント
P 9/ 10/ 12
「ユーモアの誕生」
P 14
ヘーゲルとそれ以後---ヘーゲル、ショーペンハウアー、キルケゴール、ニーチェ
P 14/ 16/ 18
笑いの科学の誕生---スペンサー、ベイン、ダーウィン
P 20
二十世紀---ベルクソンとフロイト
P 22
コラム:ユーモアの小窓①---哲学者は笑いがお好き?
P24
(略)
5 ユーモアの人間学 P167-204
宗教としてのユーモアP 192/ 立派な人間になるよう大切に育ててきたのに、息子が不良になってしまった。会社のため家族のために懸命に働いてきたのに、妻に突然家出され、おまけにリストラされてしまった。酒もタバコもやらず規則正しく生活してきたのに、三十代で末期ガンを宣告されてしまった。人生と世界はこんな不条理、大きな図式のズレに満ちている。
魂の偉大さが試されるそんな不条理に対して、人類がこれまでいちばん頼りにしてきたのは何だろう?
それは言うまでもなく宗教である。世界と人生の不条理を何とか乗り越えようとして人類が発明したのが宗教なのだ。一方でユーモアが不条理に笑う不敵な精神だとしたら、宗教とユーモアは意外にもライバル関係にあることになる。
このことは、たとえばイカサマな宗教にいちばん引っかかりやすいのはクソ真面目な堅物であり、けっしてヒョウキン人間ではないことからも容易に推察される。つまり、世界や人生の不条理に遭遇したとき、ノモス人間は宗教へ向かい、カオス型人間はユーモアで対処するのである。
序章で見たように、中世のキリスト教は笑いを敵視し抑圧した。中世キリスト教と笑いの関係をキー主題にする小説『薔薇の名前』の著者U・エーコは、その理由のひとつを「笑いは恐れをなくさせ、ついには人間は神をも笑うようになるから」としている(tw,tw)。
たしかに、バカ笑いを続けるうち、だんだんと「こわいものなし」の感じになってくるのはよくけいけんすることで、その延長線上には神をからかって笑うこともおこりえよう。
P194聖書に「神を畏れることは知恵のはじめ」とあるように、聖なるものへの畏怖の念こそ宗教的信仰の土台だとしたら、その土台を掘り崩す宗教にとって不倶戴天の敵となるのだ。
ユーモアといちばん遠いところにあるもの、それは狂言である。宗教的信念は信仰する人間にとって最も重大な図式であり、アイデンティティのいちばん深いよりどころであるから、それからズレた現実や信念を彼らは容易に認めようとせず、結果として信仰という牢獄に閉じ込められた魂の囚人となってしまう。
まことに不幸だが、不幸を超えて危険なのはクソ真面目系ノモス型人間である。彼らは自分の宗教的信念のズレた現実や信念に、あたかも自我と世界の全体が滅びてゆくかのようなおののきを感じるから、それをかき消し、信念の「正しさ」を立証するために、それとズレた現実や信念に攻撃をしかけ、それらを殲滅しようとする。ここにあらゆる狂言が誕生する。
原理主義、聖戦、「ポア」だ。図式のズレに対する弱さにつけこんで、そこまで人間をがんじがらめにする宗教は、もちろん例外なくインチキである。
宗教的信念のエッセンス部分は神義論とよばれる。神議論とは、世俗的な論理からはどうしても納得のゆかない人間と世界の不条理を「神」という観点から説明する論理だ。たとえば「努力すれば報われる、だから努力しなさい」というのが世俗の論理だが、
P195残念ながら人生や世の中は運命の皮肉や偶然のいたずらがやたらに多くあって、全然努力しなくても報われるラッキー野郎もいれば、途方もない努力にもかかわず、まるっきり報われない(私のような)不幸な人間もある。
「人生のかかった」そんな不条理、世俗の論理という図式からあまりにズレた現実を、いわばその「被害者」に、「神」の論理という世俗を超えた図式で説得するのが神議論なのだ。
たとえば、「不幸は不信心者に神があたえた罰だから、罰を許してもらうために神様にいっぱいお金を出しなさい」とか、「その不幸はあなたが神様に選ばれて試練を受けている証拠」、「この世で不幸なものはあの世で幸福になれる」というふうに。
つまり、もともと運命の偶然としか言いようのないものにもっともらしい「意味」をあたえることで、ひとを安心させ(これを「魂の救済」と言う)、献身(+献金?)を引き出すのが神議論であって、だからこそ図式にしがみつこうとする傾向の強いノモズ型人間は、世俗の論理をはずされると「神」の論理にのめりこみ、全身全霊(+全財産?)を狂信に搾取されてしまうことになるのだ。
これときわだった対照をなすのが、図式のズレを愉快と感じるカオス型人間、どんな図式のズレも笑ってしまおうとする大ユーモリストである。未熟なカオス型人間は、不条理に翻弄される自分に哀れを感じて照れたような顔で苦笑するだけかもしれない。
P196 だが、だんだんと格調高い大ユーモリストに成長するにつれて、ノモス型人間なら神議論にすがりつく深刻な状況に苦悩を覚える自分自身に、その苦悩が深ければ深いほど大きなおかしみを覚えて呵呵大笑するようになる。
真面目な自分、苦悩する自分を笑いとばすわけだ。その究極にニーチェ(参照,tw)の言う運命愛が姿をあらわすであろう。すなわちそれは、運命の過酷さに見舞われるたび、元気いっぱいに、「まいったかって?いやまだまだ、いや何度でもかかって来い!おれはおまえを愛する」と叫ぶ雄渾な精神である。
そこで、歴史上最も宗教を毛嫌いし、歴史上最も深く笑いを愛した哲学者ニーチェはこう主張する。笑いとは、地上で最も深く苦悩する動物が自分のために見出した生に耐え抜くための手段(tw、上記参照)であって、だから人間は笑うこと、自分自身を超えて笑うことを学ばなければならない、と。
1)『前編』~ツァラトゥストラ~ ((朗読)) 1:18:41~勇気とは~死さえも笑いとばす力であるyoutube
2)『薔薇の名前』33:47~サルは笑わない、笑うのは人間だけである(上記参照)
1) 2)
ここまでくれば、もうおわかりであろう。そう、ユーモアはたんに宗教のライバルだというだけでなく、「いかなる運命の不条理、いかなる神議論も笑いとばせ」という教えを中心的な教義とするひとつの宗教、いわば超宗教なのである。
ユーモアとしての宗教
以上のように、多くの宗教はユーモアや笑いと対立関係にあるが、それとはまったく逆に、
P198 ユーモアを内在的な契機とする宗教や、笑いに聖性を見る宗教もある。仏教はそんな宗教の筆頭である。たとえば日本に世界に誇る仏像彫刻、広隆寺や中宮寺の弥勒菩薩半跏思惟像は、このうえなく深く優雅に微笑んではいないだろうか。
間違いなく仏師は、仏の慈悲の最高表現としてのあの微笑みを選んだのだ。だとしたら仏教徒たるもの、どうしてそんな境地をめざさないでいられようか。
仏教のなかでも、とりわけ笑いとかかわりが深いのが禅宗である。禅がめざす悟りの境地を描く禅機画のモチーフとして、最もよく登場するもののひとつが「寒山と拾得」だが、彼らはたいてい笑っている姿で描かれ、おなじく「羅漢」や「七福神」も多くは笑っている。
まさしく、悟りとは笑うことなのである。禅機画は悟りの境地を描くというより、ひとを悟りに到達させようとする意図で描かれることも多いが、なかでも圧巻は仙厓の「〇△□」であろう。
「悟りとは何ですか?」という弟子たちの必至の問いかけに、彼は微笑みながら無言でこの絵を見せたに違いない。そしてその瞬間、修行の進んだ弟子なら一気に「大悟」し、呵呵大笑したのだ。まことにこれは驚異のユーモアとよぶのがふさわしい。「なんだかわけのわからない」という読者のためにちょっと説明しておこう。
悟りの先達が弟子に出す宿題を公案と言うが、仙厓とならぶ禅機画の名手、白隠に「隻手の音声」という有名な公案がある。 P200/ 202