2022年9月8日木曜日

偏愛メモ 『梨泰院クラス』ニーチェ場面集(随時更新)

100分de名著 ニーチェ“ツァラトゥストラ”(tw)
1)ルサンチマンを克服せよ2)“神の死”から“超人”へ 3)永遠回帰とは何か? 4)現代に“超人”は可能か?


02人間の価値観(tw)は自己本位 良心で得られるものなど何もない。豚は犬より賢いのに豚を食べ犬は食べない
梨泰院クラス02                六本木クラス01 価値観云々のセリフなし(tw)


02性悪説

「ツァラトゥストラはかく語りき(下、岩波文庫)」P289/291
「 P290「人間の本姓は悪だ」最高の賢者たちはそう言ってわたしを慰めた。ああ、いまの世でもほんとうにそうならば!

P291なぜなら、悪こそは人間の最善の力だからだ(相互参照)。

「人間はより善く、かつ、より悪くならなければならない」と、わたしは教える。最悪のものは、超人(相互参照)の最善のために必要である。
03前回までのあらすじ(tw)ソシオパス、埋め合わせ、価値判断 母#キム・ヨジン(tw)

チョ・イソ「お母さんは間違っている。トラウマね。自分の人生を私で埋め合わせ(tw)したいのよ」
母「その言い方ったら、なんて賢いの(微笑)」
・・・
母「人は誰でも自分なりに考えて判断するわ、だから善人と悪人の基準は曖昧なの」(相互参照tw)
「ツァラトゥストラはかく語りき(下、岩波文庫)」P283(tw)
「すぐれた人よ。なにもあなたの習慣を変えることはない。あなたのいつもの殻粒を噛んでいるがいい。あなたの水を飲み、あなたの食餐を讃えるがいい。それで愉快なら結構なのだ!

わたしの存在は、ただわたしの仲間のための掟であって、万人のための掟ではない。しかしわたしの仲間になる者は、骨は強く、足は軽く。

戦いと祭りをよろこびとしなければならぬ。陰気くさい人間や夢想家などではなく、どんな困難なことにもまるで自分の祭りに行くようにいそいそと応じる。健やかで明るい者でなければならぬ。

最善のものは、わたしの仲間とわたしのものだ。それがわれわれに与えられなければ、われわれはそれを奪ってくる。最善の栄養、最も浄らかな天空、最も強い意志、最も美しい女たち!」
この「自分の価値は自分が決める」というテーマ(tw)は、繰り返し描かれる(04話12話)。

04ルサンチマンをどう克服するか

100分de名著 ニーチェ“ツァラトゥストラ(参照13:38~)
ルサンチマンは、無力からする歯ぎしり、復讐心である

12自縄自縛からの解放。セロイの言葉、イソがヒョニに送った「私はダイヤ」という詩で表現される(参照)、強制していないところがいいね。どうするかは本人の意志に任せる


13トランスジェンダー告白、「証明!?、私が私であることに、他人の理解は不要です!」(tw)
梨泰院クラス13                六本木クラス11


14会長はスアに対し「(命令に不本意ながら従ったのは)奴隷根性だ(tw)、軽蔑されたままで終わっていいのか」と言う。なぜそんなことを言うのかとスア、会長もわからないと言うwこの意味深発言!好きw\(^o^)/
梨泰院クラス14                六本木クラス12


15永遠回帰(tw)チョ・イソ(1:02~「ツァラトゥストラはかく語りき」を手にして、六本木クラスtw)「もし来世があるなら私は生まれてきたくなかった。生きるのってつらいでしょ」、(4:14~)「すごくつらいのに代表に会ってからこの一節がすごく心にしみる“何度でもいい、むごい人生をもう一度”」
梨泰院クラス15                六本木クラス12
セロイ(新)にとっては父親が、イソ(葵)にとっては、セロイ(新)がツァラトゥストラなのだ
100分de名著 ニーチェ“ツァラトゥストラ(参照06:55~)
 たった一度でも心からのよろこびがあれば人生は何度でも繰り返すに値する
「ツァラトゥストラはかく語りき(下、岩波文庫)」P353/355
P354「わたしの友人のみなさん」と、最も醜い人間は言った(twtw)。

「あなたがたはどう思うのか?このきょう一日にめぐりあえたために、はじめてわたしは、自分がこれまで生きてきたことに満足した。…

ツァラトゥストラとともにした一日、一つの祭りが、わたしにこの大地を愛することを教えてくれた。『これが人生というものであったのか?』わたしは死に向かって言おう。『よし!それならばもう一度』と。


『ツァラトゥストラは こう言った(上)』(岩波文庫)(tw)
P26 かれらに最低の軽蔑すべき者のことを話してやろう。すなわち、『おしまいの人間』たちのことだ。

こうして、ツァラトゥストラは民衆にむかって、つぎのように言った。

「いまや人間がみずからその目標を定める時がきた。人間がその最高の希望の芽を植えつけるべき時がきた。

いまは人間の土壌は、それを植えつけるのに、まだ十分ゆたかである。しかしこの土壌もいつかそのうち貧しく、瘠せるであろう、そして高い木はもはやそこから成長することができなくなるだろう。

かなしいかな!やがて人間がもはやそのあこがれの矢を、人間を超えて放つことがなくなり、その弓の弦が鳴るのを忘れる時がくるだろう!

わたしはあなたがたに言う。舞踏する星を産むことができるためには、ひとは自分のなかに混沌を残していなければならない。わたしはあなたがたに告げる。あなたがたはまだ混沌を自分のなかに持っていると。

かなしいかな!人間がもはやなんらの星を産むことができなくなる時がくる。かなしいかな!もはや自分自身を軽蔑することのできないもっとも軽蔑するべき人間の時がくる。

見よ!わたしはあなたがたに『おしまいの人間』を描いてみせよう。

『愛とは何か?(tw)創造とは何か?あこがれとは何か?星とは何か?』---『おしまいの人間』はこうたずねて、こざかしくまばたきする。

P28 そのときは大地はすでに小さくなり、その上に、一切を小さくする『おしまいの人間』がとびはねている。その種族は地蚤のように根絶やしがたいものものだ。『おしまいの人間』はもっとも長く生きのびる。

『われわれは幸福をつくりだした』---と。『おしまいの人間』たちは言って、まばたきする。

かれらは生きるのに厄介な土地を見捨てる。温暖が必要だからである。かれらはやはり隣人を愛している。隣人にからだをこすりつける。温暖が必要だからである。

病気になることと不信の念を抱くことは、彼らにとっては罪と考えられる。かれらは用心深くゆったりと歩く。石につまずく者、人間につまずき摩擦を起こす者は馬鹿者である!

少量の毒をときどき飲む。それで気持ちのいい夢が見られる。そして最後には多くの毒を。それによって気持ちよく死んでいく。

かれらはやはり働く。なぜかといえば労働が慰みだから。しかし慰みがからだにさわらないように気をつける。

かれらはもう貧しくも富んでもいない。どちらにしてもわずらわしいことだ。誰がいまさら人々を統治しようと思うだろう?誰がいまさら他人に服従しようと思うだろう?どちらにしてもわずらわしいことだ。

牧人はいなくて、畜群だけだ!だれもが平等だし、また平等であることを望んでいる。それに同感できない者は、みずからすすんで精神病院にはいる。

『昔は世の中は狂っていた』---とこの洗練された人たちは言い、まばたきする。

かれらは賢く、世の中に起こることならなにごとにも通じている。そして何もかもかれらの笑い草になる。やはり喧嘩はするものの、かれらはじきに和解する、---さもないと胃腸を害するおそれがある。

かれらは小さな昼のよろこび、小さな夜のよろこびを持っている。しかしかれらは健康を尊重する。

『われわれは幸福をつくりだした』---『おしまいの人間』たちはこう言い、まばたきする。」---

ここでツァラトゥストラの最初の教説は終わった。これを世に呼んで「序説」とも言うのである。ここで終わったのは、このとき民衆の叫びと歓びがツァラトゥストラをさえぎったからだ。

P30 「このおしまいの人間を、われわれに与えてくれ、おお、ツァラトゥストラよ」と、かれらは叫んだ。「われわれをこのおしまいの人間にしてくれ!そうすれば超人はあなたにあげる!」民衆はこぞって歓呼し、舌を鳴らした。しかしツァラトゥストラは悲しんで自分の心に言った。

「かれらはわたしの言うことを理解しない。わたしはこれらの耳に説くための口でない。あまりにも長いことわたしは山のなかに住んでいた。あまりにもわたしは樹々や渓流の音に耳を澄ませてきた。いまわたしは山中の山羊飼いに向かって話すように、かれらに語っている。

わたしの魂は、朝の山のように、端然として明るい。だがかれらは、わたしがつめたく、すさまじい冗談をいう嘲り屋だと思っている。

いま、かれらはわたしをみつめて、笑っている。笑いながらも、かれらはやはりわたしを憎んでいる。かれらの笑いのなかには氷がある。」

26:30~第四話真の美徳とは何か?(tw)【ニーチェ】『前編』~ツァラトゥストラ~ ((朗読)) 《80分 》youtube

『ツァラトゥストラはこう言った(上)』岩波文庫
P048徳の講壇/ 050/ 052世界の背後を説く者/ 054/ 056/ 058/ 060身体の軽蔑者/ 062/ 064喜びの情熱と苦しみの情熱/ 066/ 068蒼白の犯罪者/ 070/ 072読むことと書くこと/ 074/ 076