かつて大英帝国の宰相を務めたベンジャミン・ディズレリはこう語った---「世界は舞台裏をのぞいたことのない人間には全く想像もできない人物によって支配されている」(相互参照)(略)
プロローグ P14-26
現代の歴史を完全に理解する上で大きな障害となっているものは、すべての資本家がすべての共産主義者、社会主義者の憎むべき敵であるという考えである。この誤った思想はカールマルクスに由来するものだが、彼らの目的には確かに役立った。しかしよく調べてみると、この考えは事実に反する虚構であることがわかる。実際には、国際金融資本家と国際共産主義者が、お互いの利益のために、以前から極秘のうちに同盟を結んでいたのである。(アントニー・サットン)
ウォール街とボルシェヴィキ革命①|幻想の近現代(情報局815)|note(参照)
ロックフェラーと共産主義者の奇妙な関係
(P16)
P16 ロックフェラー一族がアメリカで最も注目に値する人々であるという表現は、我々にとって控えめな表現である。いかなる小説家もこのような家族を描くことはできないであろうし、どんなハリウッド映画の大立物も彼らの主演する映画を作ることはできない。ロックフェラー一族は、実際我々が想像する以上に巨大であり、彼らの行動はまさしく「小説よりも奇なり」と表現するにふさわしい。(略)
しかし、奇妙なことに、ロックフェラー家の最も注目すべき側面---すなわち、一族の最大の敵ともいうべき共産主義者との何世代にもわたる親密な関係---についてはほとんど記されることはなかった。この両者の世にも不思議な関係は、我々にごく一部しか知らされていない。しかし、すでに公開されている情報の内容を分析するだけでもそれは驚くべきものだ。物事はいつも見かけ通りとは限らない。この言葉は陳腐な決まり文句であるが、それにしても、世界中の共産主義者の真の黒幕というべき後援者の正体ほど、不可解で信じられないミステリーがいままでにあったろうか。(略)
P17 今日、世界中の多くの人人々は、共産主義者がロシアで成功したのは、皇帝の専制政治にいや気がさしていた農民たちの支持があったからだと信じているが、これは事実ではない。我々は、一九一七年一一月のボルシェビキ革命で帝政が倒されたかのように教えられているが、実際のところ、皇帝は七か月も前に退位していた。この年の三月、皇帝ニコライ二世の君主制が崩壊すると、ルヴォフ皇太子が臨時政府を組織した。彼は、アメリカの共和制を手本に、新しいロシア政府をつくろうと望んでいた。
しかし不幸にして彼は陰謀のために位を追われ、アレクサンダーケレンスキーに取って替わられたのだ。そしてこのケレンスキーは、ボルシェビキに反対すると称して、ボルシェビキのために革命の道を準備したのである。問題は、皇帝が退位してから暫くの間、もちにボルシェビキ革命の指導者となったレーニンもトロツキーがロシアにいなかったという点だ。
レーニンは当時スイスにおり、一九〇五年以来ずっと亡命生活をしていた。またトロツキーもアメリカに亡命して、ロックフェラーのお膝元、ニューヨークで記者生活をしていた。二人はともにロックフェラーとつながりの深いマックス・ワールブルク(ドイツ)及びパウル・ワールブルク(アメリカ)等の資金援助を受けて、ロシア革命の準備を進めていた。
こうしてボルシェビキ革命の準備が整うと、トロツキーは、カナダ経由でアメリカからロシアに帰ることになった。一方、レーニンは、かの有名な封印列車でチューリッヒを発つとドイツ経由で
(P18)
P18 ペトログラードに送り込まれた。そして二人は力を合わせ、贈賄、陰謀、テロといったあらゆる手段を用い、殺し屋を雇ったり密約を結んだ挙句、ようやく十一月までにペトログラードの支配権を握ったのである。というわけで、ボルシェビキが権力の座についたのは、決して「虐げられたロシアの民衆」が二人を呼び戻したためでなく、ロックフェラーをはじめとするアメリカとヨーロッパの大富豪たちが、彼ら二人をロシアに送りこんだからである。
(P20-)