2019年2月3日日曜日

偏愛メモ『赤い盾』3.5 フランスの支配者"二百家族" P507-548(随時更新)

(P506)

(P508)

フランスの二百家族がウクライナの穀物を奪い去り、ソ連に大飢饉を起こした、と言っても誰ひとり信用しないであろう。(略)P509カミュの小説『ペスト』の舞台はなぜアルジェリアだったのか、という疑問がフランスを考える手掛かりになる。フランス人は、アルジェリアを植民地として残忍な拷問など悪事の限りをつくしてきたが、そのアルジェリアで生まれたのがカミュだったのである。

フランスの植民地は、南太平洋にも無数に展開していた。『魅惑の宵』、『パリ・ハイ』、『ワンダフル・ガイ』などの名曲を生み出したミュージカル映画『南太平洋』で、ロッサノ・ブラッツィが演じたのは、フランス人の富豪という役であったことも、重要な手掛かりとなる。

一方で、アメリカのベトナム戦争映画は『帰郷』、『ランボー』、『地獄も黙示録』、『プラトーン』と山のように制作され、アメリカの犯罪をさまざまな角度から描いてきたが、どれもベトナム人の立場を無視した作品であった。

それと同じように、このベトナム戦争が実はフランス人のインドシナ侵略からはじまったことが、今日ではほとんど忘れられている。フランスからアメリカに侵略の鍵が手渡された経過は、ある著名な投資銀行家の履歴から明らかになる。クラレンス・ダグラス・ディロン(参照)、この男はマーチャント・バンク「ディロン・リード」の社長で、フランス大使、ケネディー大統領時代の財務長官、そしてロックフェラー財団の№1、理事長という大変な肩書を持つユダヤ系アメリカ人であった。

今日のレーガン、ブッシュ両大統領の財務長官ニコラス・ブレーディーが、同じ「ディロン・リード」でトップの会長の座から転進した男である、という時代にわれわれは生きている。ディロンはただのユダヤ人であったのか、という疑問を残しながら、ここではまだ答えをつかむことはできなかった。アメリカのユダヤ系投資銀行のうち、ただひとつ"赤い盾"との関係が不明なもの、それが「ディロン・リード社」であった。

このように不可解な謎が残ったとき、それを放置しておくのはよくない。しかしフランスの銀行界を支配する"赤い盾"の実態を知ることによって、これらの答えをつかむことができるような予感がする。(略)

(P510)

銀行家---フランス語でバンキエ---それは、死の商人が長者番付の上位を占め、多くの場合、その国家のなかで最大の富豪になる、という不条理の生みの親である。この鉄則は、ことにアメリカやヨーロッパで強い傾向を示してきたが、わが国の過去も同じであった。

最近では、日本の財界人が平和の仮面をかぶっているためほとんど気づかれないが、戦後の奇跡の復興は、朝鮮戦争とベトナム戦争の軍需景気、つまりアジア近隣諸国の人の血を流して築かれたものである。この軍需産業を動かすのは、地球上どこでも銀行家、という不文律がある。

欧米の場合、アメリカにおける死の商人デュポン、モルガン、ロックフェラーらの財閥があまりに巨大になったため、一時期ヨーロッパのロスチャイルド家はほとんど忘れられてきた。また、ここ数年における日本の産業資本の躍進のため、ヨーロッパ資本はごく軽く見られてきた。ところがその隠し財産は、わが国の比ではなく、仮にスイス山中に隠れ棲む"チューリッヒの小鬼たち"と呼ばれる銀行家が一夜行動を共にすれば、たちまち日本経済を破綻させることが可能である。

そのスイスの銀行口座が、かなりの部分をフランス人に握られている。国家としてではなく、個人としての金の保有量が世界一に数えられているのがフランス人である。スイスの通貨単位はスイス・フラン、つまりフランスの通貨と同じ名称を用いている。スイスとフランスはなぜこれほど密着しているのであろうか。

答えはごく簡単なものだが、スイスの隣にフランスがある。このあいだにはジュラ山脈が横たわっているが、一帯を流れる水系は、北に向かえばライン河(Rhein)となって、傍らにアルザス・ロレーヌ地方を眺めながらロスチャイルド家発祥の地フランクフルトへ達し、南へ向かえばローヌ河(Rhone)となって地中海最大の港町マルセイユに至る。

つまりライン河とローヌ河は、つづりが似ているだけでなく、同じ水が流れている河である。このローヌ河の地名から、今日世界で指折りの化学・原子力会社「ローヌ・プーラン」が誕生した。また、アルザスのユダヤ人は、迫害を受けた時代に多くの人がスイスに逃れていった。

そしてスイスとフランスの交易は、この河を中心に行われてきた。スイスはアルプスの懐に抱かれ、北にドイツ、南にイタリア、東にオーストリア、西にフランスという四大帝国を眼下に眺めてきた。それぞれにヒットラー帝国、ローマ帝国、ハプスブルク帝国、ナポレオン帝国の時代を生み出した国である。その財産が、不思議な原理によってアルプスへ吸い込まれてゆき、スイスが世界最大の金庫となってしまったのである。この国において、ECは統合されている。

P511 スイスが富を蓄えることができた最大の要因は、皮肉にもこれらの帝国同士のあいだにくり広げられた数々の戦争であった。財産を奪い合うために大国が戦争をおこないながら、小国スイスに漁夫の利をさらわれた原理は、こうである。戦争がはじまると、資産家は不安で夜も眠れず、どこか安全な場所に財産を移そうとするものだが、スイスは一八一五年以来"永世中立国"であることを宣言し、ほぼ二世紀近くにわたって国際的にその中立性が認められてきたため、戦争が起こってもここに財産を預けていれば絶対安心というものだった。

しかし戦争は財産を狙うだけでなく、生命も狙ってくる。財産を預けた本人が死んでしまうことなど、第一次大戦・第二次大戦では日常茶飯事であった。たとえばユダヤ人は、ナチス台頭と共に危険を察知し、莫大な財産をスイスの銀行に預けたが、彼らはアウシュビッツなどの収容所で大量虐殺されてしまったため、そのときスイスに蓄えられた富は天文学的な金額に達した。(略)その結果、スイスの金庫には、返済されない巨額の財産が生じたのである。(略)

スイスの銀行家は、戦争を挑発する人間たちに大金を貸し付けてもうけた上、死体が増えるたびに二重にかせぐ、ザハロフのような死の商人を仲間として歓迎するのは当然である。ことにスイスとフランスの関係は、ロスチャイルド家が隆盛をきわめた十九世紀初頭、フランスで鉄道王ジェームズが台頭して以来切っても切れない金融同盟を結び、フランス人の財産を守る国家としてのスイスが確立されてきた。ここから、一大兵器輸出国として、今日のフランスが生まれた。(略)

イギリスのロスチャイルド家は南アとエジプトとインドを中心に動いたが、フランスのロスチャイルド家はアルジェリアからモロッコにかけての北アフリカ全般と、インドシナ(ベトナム)を中心としたアジアと、南太平洋の島々に進出していった。

(P512、中央銀行)

P512 この軍資金を提供し、フランス国民の全財産を預かったのが、皇帝ナポレオンの創設した「フランス銀行」であった。フランス革命から十一年後、一八〇○年に設立されたフランス銀行は、半世紀のうちにパリからフランス全土に支店を構える中央銀行へと成長を遂げ、名実ともに銀行のなかの銀行として君臨するまでになった。

しかしその支配者は誰であったろう。フランス銀行の総会では、二百人の株主だけが投票権を持っていたため、のちにこの重役会議が有名な"二百家族"と呼ばれるひと握りの富豪に握られ、今日まで続く独裁支配のメカニズムを不動のものにしている。

二百家族、このいかにも意味ありげな古色蒼然たる名称で呼ばれた支配集団は、第二次世界大戦前夜に解体され、今日では遺骸が残っているだけだと、最近では報告されている。しかし、果たしてその遺骸がどのような骨格を持ち、ドクロの三色旗を打ち振るって核実験と原子力産業に奔走してきたか、また、EC統合にどれほどの力を持っているかについて、つぶさに解析した者はいない。"解体された"と言っているのは、みないわゆる"ロスチャイルド研究家"の権威をふりかざすフランスの二百家族自身の回し者か、フランス・ロスチャイルド家の当主ギイ・ロスチャイルドたちである。

ドイツのマルクがヨーロッパ最強の通貨であっても、それを握っているのが国際資本家であることに注目しなければならない。フランス銀行が正真正銘の国有銀行になった一九七三年から、まだ二十年も経っていない。ほんの十年ほど前の一九八一年には、アメリカの巨大銀行を除けば、全世界の銀行ランキングは、
    一位 フランスのパリ国立銀行
    二位 フランスのクレディ・アグリコル
    三位 フランスのクレディ・リヨネ
    四位 フランスのソシエテ・ジェネラル
という権勢を誇っていたのがフランスの銀行群で、この頂点にフランス銀行が坐っていたのである。わが国などは及びもしなかった。その翌年、イギリスのフィリップ・ロスチャイルドが本籍をスイスに移し、さらにフランスのロスチャイルド家も巧みに財産をどこかに隠したあと、突然にわが国が資産のランキングで上位を占めはじめた。

これで大金持ちになったと日本人が喜ぶのは、スイスの銀行法が完全な秘密保持も権利を銀行に認めている現実に照らして、あまりにフランスの二百家族の存在を知らないことになる。日本の長者は多くが大都会の土地成金で占められ、年収で比べればフランスの十倍も地価が高いのであるから、地球を創った神様が日本人の財産を評価すればどうなるだろう。

しかもスイス・ユニオン銀行、スイス銀行、クレディ・スイスというスイス三大銀行は、一応の形式的な資産の発表を、ごく控え目におこなっているだけである。たとえば三十位前後になるように。(略)

(P514-)

(P518)

P519 映画には、次のようなシーンが登場する。アノー一族が「ロイヤル石油」の株を買い占める。その直後、"ロイヤル石油が無尽蔵の大油田を発見!"というニュースが全世界に流れるのだ。これは映画だけでなく、現実に起こったことでもあった。ロイヤル石油とは貝ガラのトレードマークで知られるロイヤル・ダッチ・シェルのことで、ロスチャイルド家がバクー油田の利権をもとに育てた石油会社である。

母体はイギリスの「シェル」とオランダの「ロイヤル・ダッチ」だが、この事業をフランスで受け持ったのが「シェル・フランス」で、そこに資金を提供したのが"赤い盾"の投資銀行「ラザール・フレール」であった。この銀行の実態を知るものはほとんどいないが、フランスの巨大銀行のほとんどを操ってきたのが、ユダヤ人ラザール兄弟の設立したこの銀行である。

ECはすでにこの時代から、ロスチャイルド家のラザール・フレールによって大統合されてきたのである。わが国の日銀総裁・澄田智(参照)が一九九〇年三月、このラザール・フレールに引き抜かれ特別顧問に迎えられたことは、読者にとっても大きな意味をもってくるであろう。(略)→『地球のゆくえ』P76(参照)

(P520-)

(P528)

P528 レーニンの時代のソ連では、こうして革命後もクレムリン宮殿の奥を動かす実力者は皇帝時代の構造と変わらず、民衆は気づかなかったが、当初から"ロマノフとロスチャイルドの取引き"によってソ連経済がスタートし、チチェーリンの時代が一九三〇年まで十年以上にわたって続いた。その最大の経済的理由は、ロシア帝国であろうとソヴィエト連邦であろうと、一番の売り物がバクーなどの油田が産み出す石油であったからである。

チチェーリンはかつての首都ペテルブルグの貴族の出身で、"ロシアのロスチャイルド"グンツブルグ男爵とかねてからきわめて親しい関係にあり、ひそかに利権をむさぼり合う仲を取り結んでいた。レーニンは賢明にも、ロスチャイルドの代理人に外相のポストを与えていたのである。

グンツブルグ男爵家は、いま示したフランス二百家族の大系図44(12)に登場し、投資銀行ラザール・フレール一族と結婚していたが、このソ連外交のなかでさらに重要な一族と結婚していた。ロスチャイルド家のシェル石油フランスの創業者一族ドイッチ=ド=ラ=ムルト家とも結ばれていたのである。その石油一族は、今日のフランスで最大級の財閥を構成しているので、のちにマリリンモンローに詳しく説明してもらうが、この閨閥によってバクーの石油を販売し、さらに、バクーに近いティフリス(現在のトリビシ)の鉄道工場を中心とした巨大工業帝国を築いてきた。この一帯が、一九九〇年に勃発したアゼルバイジャン・アルメニア紛争の震源地となるのである。

しかもレーニンが一九二四年にこの世を去っても、石油を握るチチェーリンはまだ外相のポストにあった。その後は№1のポストをめぐって、トロツキー、カーメネフ、ジノヴィエフ、スターリンらのあいだで激しい争いを展開したのち、やがて一千万人以上の大虐殺をおこなう独裁者スターリンが誕生する日を迎えた。

このとき注目すべきは、スターリンと争ったトロツキー、カーメネフ、ジノヴィエフがいずれもユダヤ人だったことである。レーニンの取り巻きのなかで、最高権力を握ったこの人物たちが、みなスイスなど西ヨーロッパと絶えず交流しながら、おそらくは誰かの息のかかった者であった。

それぞれ本名をブロンスタイン、ローゼンフェルド、アプフェルボイムといい、それが歴史に名を残す前述のような名前に改姓してクレムリンに入っていた。しかも、このうちトロツキーの妹と結婚したのがカーメネフで、そのカーメネフのローゼンフェルド家は、後年ゴールドスミス=ロスチャイルド一族と結ばれたのである。

P529トロツキー一家は、レーニンの革命を指導したアクセルロッド家と結ばれたが、そこから誕生したトロツキーのひ孫ダヴィット・アクセルロッドは、現代のイスラエルで極右テロ組織“カハ”のリーダーとしてパレスチナ人の追放に奔走してきた男である。

その真相は、革命の発端から考えると分かることであった。

共産主義の父マルクスが詩人ハイネ(相互参照)と親しく交流し、当のハイネはフランクフルトのゲットー以来ロスチャイルド一族であった。ハイネはジェームズ・ロスチャイルドの家に入りびたりながら、時として苦悩すればマルクスのもとを訪れて話し込んでいた。

マルクスの本拠地はパリだったからである。やがて財閥ロスチャイルドと共産主義者マルクスが、ユダヤ人という世界で親密に触れ合い、そのメカニズムがそっくりソ連に移され、クレムリン経済の内部を構成してしまったのである。

しかしスターリンはこの三人を追放し、独占的な権力を握ることに成功した。三人のユダヤ人はそれぞれカーメネフとジノヴィエフが一九三六年、トロツキーが一九四〇年に、スターリンの手で殺される運命にあった。

ペレストロイカ=グラスノスチ後のソ連で、革命の英雄レーニンの銅像が引き倒されるのを見て、「ソ連の民衆はロシア革命の歴史と現代を混同している。少なくともレーニンは独裁者ツアーを倒した男ではなかったのか。ソ連の腐敗はレーニンのあとに生まれた官僚機構や専制者スターリンのためであったのだ」と疑問を感じた知識人は多いはずである。

ところが前述のソ連の人名録一九八九年版を見ると、スターリンに殺されたユダヤ人ジノヴィエフ自身が、ペトログラードで恐怖政治をおこなった活動などがはっきりと書かれている。

さらに驚かされるのは、戯曲『どん底』を書いて全世界の貧しい民衆の味方に立ち、どこから見ても偉大な作家だったはずのマクシム・ゴーリキーについて、やはりその人名録では「秘密警察の活動を認め、独裁者スターリンを支援し、農民を圧殺する全体主義者であった」という内容のくわしい履歴が明記されている。

このような恐怖のジノヴィエフ、ゴーリキーがいずれもレーニンの最も身近な人材であったことを知っていたのは、ソ連の民衆だけであった。(略)

革命の父レーニン本人もまた、すでに一九二〇年から民衆に手をかける粛清の指令者であったことが、一九九一年六月にKGB議長クリュチコフによって明らかにされた。

このKGB議長は、ゴルバチョフに反旗を翻した同年八月のクーデター首謀者なので、これほど信憑性の高い話はない。レーニンがスイスに滞在していたとき何をし、誰と語り、どのようP530にしてこれらの取り巻きが誕生したかという事情については、公開政策が進むにつれて、われわれは少しずつ歴史の証言を聞くことができるようになるであろう。

P530/ 532/ 534/ 536/ 538
P540 『アルジェの戦い』はイタリア製の映画で、ジロ・ポンテコルヴォ監督の作品であった。音楽はこの監督本人と、『荒野の用心棒』などマカロニ・ウェスタンで知られるエンニオ・モリコーネが組んだものだが、独特の音響---人間の声---がフランスへの憎悪、すべてを包む感情となって爆発した。

ポンテコルヴォ監督の名を知る人は千人に一人もいないだろうが、マーロンブランドの『ケマダの戦い』では、カリブ海の植民地をめぐるポルトガルとイギリスの醜悪な争いを、これもまた現地住民の側に立って描き、ヨーロッパ人のタブーに激痛を食わせてきた男だ。

それが下手な芝居なら映画にしないほうがいいが、イタリアの天才ヴィットリオ・デシーカ、鬼才フェデリコ・フェリーニにもできなかったドキュメント手法で、「これが本当に映画なのか」と言わせる作品を誕生させたのである。(略)

ここに示したのは映画界の二家族で、それが『アルジェの戦い』という作品を生み出したことが分かる。

P541上は、鉄道王ジェームズからはじまる資産家の集団で、あるところから突然、ジャック・シャリエ---ブリジット・バルドー(tw、関連tw)---ロジェ・ヴァディム監督---カトリーヌ・ドヌーヴ---マルチェロ・マストロヤンニ、あるいはジェーン・フォンダ---ヘンリー・フォンダへとつながる豪華な映画人のグループを形成しはじめる。

そこに『死刑台のエレベーター』のルイ・マル監督---キャンディス・バーゲンがもう一本の枝を通って現れる。これだけ映画人の顔だけを見ていると、芸能ゴシップのごとき感を受けるが、そうではない。ルイ・マルの伯父はロスチャイルド家の「北部鉄道」重役という正統派の"赤い盾"で、兄のジャン=フランソワがやはり"赤い盾"マーチャント・バンカーの社長だ。ジャック・シャリエの妻は、さきほど見た通り、ルイ⁼ドレフュス銀行の一族(系図46)。ブリジット・バルドーは、父親が航空会社、母親が保険会社の重役。

ロジェ・ヴァディム監督は、父親がロシア人プレミアニコフといい、フランス副領事としてパリに赴任していたころ、フランス女性と結婚した人物である。どうもうさん臭い集団だ。

ヴァディムと結婚したジェーン・フォンダが体制を批判しはじめると両者は離婚、その後ジェーン・フォンダはベトナム反戦、原子力反対とFBIを敵に回して活発だったが、ユダヤ人問題の『ジュリア』に出演して、今度は歴史の犯罪を告発した。

そこまではよかったのだが、突然また何も言わない人間になり、新夫の大統領選挙のためユダヤ人票欲しさに、アラブ人の土地を占領するイスラエルを訪れて反発を買うまでになってしまった。『ジュリア』(→参照)によって"赤い盾"に取り込まれたとしか考えられない。

(略)

P542系図46 フランス映画界の大いなる幻想

(P544-)

P545 問題はどこにあるのだろうか。フランスの二百家族---銀行家にある。独裁者スターリンを作り出したのは銀行家であり、何かものを言う人間を社会から締め出してきたのも銀行家である。その銀行家は軍隊に資金を与え、そちこちの貿易商人を動かして植民地をひろげるために、政治家という人形を次々と生み出してきた。

たとえば、一九八九年、アルシュ・サミットと呼ばれる日米欧の首脳会議をパリで開催し、権勢を誇示したミッテランというフランス大統領がいる。この人物が大統領の座を射止めるまでに強力なパトロンとなって資金を提供したのは、次のようなブルジョワたちであった。
(略、七名のお歴々)
これまでに説明した世界のなかで、われわれが容易に理解できる代表者を挙げれば、以上のようになる。このようにソP546連のクレムリンと穀物で取引する「ルイ・ドレフュス商会」の使用人ミッテラン大統領が、バルト三国の独立に力を貸さなかったことも、驚くには当たらないようである。

一方で"人権"を口にしながら、ソ連が侵略したバルト三国の人権を無視したミッテランの不思議な振舞いは、その理由を知る人びとの怒りが、やがて反ユダヤ主義の温床となり、ユダヤ人自身を苦しめる危険性さえ秘めている。バルト三国の興味深い小史についてはのちに述べるが、かつてナチスからのパリ解放に歓喜し、今日の東西ドイツ統一を祝ったヨーロッパ人が、一九九一年のソ連クーデター失敗という異常事態が発生するまでバルト三国の歴史を清算できなかったのは、民族問題のためではなく、利権に最大の理由がある。

ダン・モーガンの著書『巨大穀物商社』には、ワシントンのソ連大使館でのレセプションの光景が次のように描写されている。これは現代の話である。

---一九七七年十月、ホストはソ連大使アナトリー・ドブルイニンで、ゲストは、外国貿易省の高官たち、それに、西側の選り抜きの穀物商たちだった。・・・ビュッフェでむしゃむしゃやっているのは背の低いがっしりしたジェラール・ルイ=ドレフュスで、グレイの細縞のスーツを着た姿は、あまりパリッとしていなかった。ドレフュス!この名は、一世紀も昔から、ロシアの百姓たちが口にしてきた名だった。---

ミッテラン大統領の場合、パトロンだけでなく、実際の政治上の側近がまた大変な人材で埋めつくされているが、そのうちのひとりカロリーヌ・ド・マルジュリー夫人は夫がロスチャイルド銀行の重役で、その父エマニュエルが二百家族の系図に登場ずみである。同じく大統領の側近であるポール・ダヤン夫人は、前記の「地中海クラブ」支配者トリガノ一族で、父親の代からミッテランの参謀をつとめてきた。

ミッテランの側近として最も有名な大統領特別顧問ジャック・アタリは、双子の兄弟ベルナール・アタリがやはり「地中海クラブ」重役である。このジャック・アタリが、激動後の東ヨーロッパの民主化と経済支援を目的とした、これからの一九九〇年代に最も重要な銀行、「ヨーロッパ復興開発銀行」の初代総裁に就任した。この銀行には全世界の四十二ヵ国が参加するが、目の前で起こった一九九〇年五月十九日におけるこのアタリ総裁選出劇は、これからのソ連と東ヨーロッパを動かせる者がロスチャイルド以外にないことを全世界の財閥が知り、すべてを「デビアス」のエドモン・ロスチャイルドが支配する地中海クラブに託した事情を物語っている。

地中海クラブとは、本当に観光会社であろうか。

重役室には、エドモン・ロスチャイルドのほかに、"ロシアのロスチャイルド"アラン・グンツブルグ男爵が坐り、アメリカの鉱山王一族ジャック・アンリ・グッゲンハイムも坐っている。フランス金融界の総本山と言われるパリバ銀行のP547頭取ジャン=イヴ・アベレルと、同じく頭取ピエール・ムーサの両人とも地中海クラブの重役だったのである。イタリアの最大財閥、自動車王フィアットの怪物アニェリ一族も、地中海クラブのパトロンである。

地中海をあいだに挟んで、フランス---アルジェリア---イスラエル---ソ連を結ぶ歪んだ四辺形の上を礎として、奇怪なピラミッドが立っていると書いたが、アルジェリアの秘密についてはまだ語っていない。地中海クラブの創業者トリガノ一族はアルジェリア出身であった。その一族としてミッテランの側近をつとめるダヤン家も同じくアルジェリア出身である。ことにそのファミリーのジョルジュ・ダヤンは、アルジェリアで激しい独立戦争が燃えあがった一九五四年に恐怖の内務大臣に就任し、フランスの歴史のなかで最も残忍な拷問を指揮する最高責任者であった。

映画『アルジェの戦い』にその悪夢が記録されていた。内務大臣とは、秘密警察SDECEを動かし、情報機関DSTと保安隊CRSに君臨するボスである。DSTは国土保全局の略で、その実情を何も知らなければ、まるでただの土地管理人のように聞こえるが、幹部の名前も予算も一切公開されない組織である。CRSはその配下にある実働部隊だが、ソ連のKGBが一目置くほど、諜報の世界ではイギリスのMI5・MI6と並んでおそろしい存在として知られている。

こうした幹部のひとりのロベール・イルシュが"警察庁長官"から"原子力庁長官"になり、フランスの核兵器を動かしてきたことは何を意味するのだろう。イルシュとは、Hを発音しないフランス名だが、われわれの知っている名前で書き直せばHirschヒルシュである。イルシュが原子力庁長官だった当時の右腕が、ベルトラン・ゴールドシュミットで、その妻がナオミ・ロスチャイルドであった。フランスの諜報界もまた、ほとんどがロスチャイルド一族の手で運営されていた。

バカンス旅行業界で世界一の地中海クラブが、観光会社だと信ずる根拠はどこにもない。地中海は穀物と石油の輸送路として、ロスチャイルド家が支配しなければならない海に違いない。一九九〇年二月一日に初めて船出した世界最大の帆船豪華客船"地中海クラブ第一号"が向かった先は、タックス・ヘイブンのバーミューダ三角海域であった。海の旅も、彼らにとってはきっと深い意味があるのだろう。

イスラエルを建国するためにロスチャイルド家が創立した前述のレウミ銀行のフランス支店は、ピエール・ルイ=ドレフュスによって支配され、穀物と地中海とスエズ運河という三つの言葉を結びつけてきた。また、トリガノと共に地中海クラブを創設したジェラール・ブリッツは、代々ベルギーのダイヤ職人としてロスチャイルドに貢献してきた一族で、それまでは南アフリカのダイヤを研磨していたが、今度は北アフリカのトリガノ一族と組んP548で大成功を収めた。アフリカ大陸を南北から攻略したのが、地中海クラブである。

地中海クラブのジャック・アタリがヨーロッパ復興開発銀行の初代総裁に就任したなら、東ヨーロッパの真の解放はまだ遠く、前途には波瀾の日々が待ち構えている。必ずや、そこに身勝手な商取引きと弱肉強食の思想を持ち込もうとするであろう。

フランスの大統領を含めたアルジェリア財閥の正体を知るため、北アフリカへ飛ぶときが来た。そこにはアフリカ大陸で第二の広い面積を誇るアルジェリアがあり、石油と天然ガスの宝庫が砂漠に展開している。『異邦人』の国、アルジェリア・・・

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