2020年6月18日木曜日

偏愛メモ 『金融小国ニッポンの悲劇』

(P34)

(P126)


P170金解禁を正式発表

Ⅳ バラ色の日々

理想の実現
P172ロンドン軍縮会議(相互参照)全権団(tw,tw)/ 174ラモントが祝福の演説/ 176円高へ為替操作/ 178デフレ覚悟の荒療治/ 180新平価を圧倒した旧平価/ 182金解禁の日、初公開の「浜口日記」/ 184平穏な解禁の初日/ 186ふたたび金貨の響きを/ 188聖徳太子の兌換紙幣/ 190「遠図」/ 192

思わぬ結末
P194浜口の民政党、戦況で圧勝/ 196世界大恐慌の大波、元祖イギリスが金本位離脱/ 198/

P199 大恐慌(相互参照)は、どうして起きたのであろうか。一言でいえば、第一次大戦後、イギリスにかわって世界に君臨したアメリカ・ウォール街に集中した資金(黒字)が、世界にうまく還流しなかったからである(tw,tw)。

当時、世界のお金の流れは、アメリカから巨額の賠償をかかえるドイツに供給された資金が、ヨーロッパ各国に支払われる、これを、イギリス、フランスは、大戦の戦費調達で世話になったウォール街に償還するという形で還流していた。

しかし、アメリカの恐慌のあおりで、ドイツへの流れが断ち切られたため世界は大混乱となり、大恐慌へと発展したのである。この事態に対して、世界の金融家が絶対の信頼をおいていた金本位制も、なす術はなかった。

そのため中村隆英氏のように、「金本位制は、大戦前、英国が世界支配をめざし、黒字をことごとく海外に投資して赤字国を救った英帝国主義によって、はじめて機能したのであって、その後も金本位制を理想のものと錯覚し信仰したところに悲劇があった」(『昭和恐慌と経済政策』)という見方も成り立つのである。

P200ドル買いと金流出/ 202/ 204大学は出たけれど/ 206/ 208

エピローグ 見果てぬ夢
P210政権交代
昭和六年度の緊縮予算編成が終わったのは、昭和五年の十一月十一日であった。恐慌による深刻な不況のなかでの苦心の作業であった。その三日後、浜口雄幸首相は岡山で行われる陸軍大演習に出席するため東京駅に向かった。

十一月十四日午前八時五十七分、つばめ号に乗ろうとプラットホームを歩く首相めがけて、一発の銃声がとどろいた。

このときの模様を、浜口自身が書き残している。
列車の側に居た一団の群集中の一人の袖の下から異様なものが動いて『ビシン』という音がしたと思うた一刹那、余の下腹部に異状の激動を感じた。その激動は普通の疼痛というべきものではなく、恰も『ステッキ』位の物体を大きな力で下腹部に押し込まれたような感じがした。それと同時に『うむ、殺ったな』という頭の閃きと『殺られるには少し早いな』ということが忽然として頭に浮かんだ。

(略)

P212井上の死/ 214/ 216二冊の本/ 218変わる日本観/ 220