第九章 なぜ海軍は三国同盟をイエスと言ったか P274-
9.1「贅沢は素敵だ」P274昭和十四年(一九三九)九月に第二次世界大戦がはじまりました。イギリス・フランスの同盟軍にベルギーやオランダが後に追従して大連合軍となってドイツに宣戦布告したのですが、奇妙なことに「戦争」が起きなかったのです(相互参照1、相互参照2)。
「まやかしの戦争phony war」といいますが、互いに戦いを宣していながら銃火を交えない、ひたすら睨み合いの状態が続きました。といって冷戦ではなく、ところどころでドンパチはやっているものの、本来なら大戦争に進むはずが、実際はそうならなかったのです。
そして昭和十五年が明けました。無策の阿部信行内閣が倒れ、一月に替わった米内光政内閣は「世の中の動きに反している」とはじめから大不評で、大した仕事がもできぬままに揉みに揉まれていました。
もちろん、陸軍の暴圧がますます強くなったからでもあるのです。
二月二日の第七十五議会で民政党の斎藤隆夫代議士が陸軍に食ってかかったことがそれをよく示しています。斎藤議員は、
「ただいたずらに聖戦の美名に隠れて国民的犠牲を閑却し、いわく国際正義、いわく道義外交、いわく共存共栄、いわく世界平和、かくのごとき雲をつかむような文字を並べ…」P275こう頭から内閣の政策を批判したうえで、陸軍に詰め寄ります。
「支那事変がはじまってからすでに二年半になるが、十万の英霊を出しても解決していない。どう戦争解決するのか処理案を示せ」