「私にとって寂しさとは、みんなの輪の中で感じる不安感情のことだ。」
— 渡英したいMame. (@Mame_UK) September 26, 2019
一人でいる時よりもあの人達の輪の中にいる時の方が寂しいのは何故だろう、という私の疑問に答えが見つかった気がします。
孤独こそが寂しさの特効薬 https://t.co/Ewjawq4p2h
「私にとって寂しさとは、みんなの輪の中で感じる不安感情のことだ。」 >RT
わかる。私は「気おくれ(劣等感)」という感情で経験した。
思うに、劣等感というのは、向上心の裏返し。向上心とは、生命力そのものだ。不安とは、究極的に死への恐怖、裏を返せば、生きたいという生命の本能だ。
私の場合、寂しさ、不安から逃れるために、よりいっそう自己研鑽に励むようになった。それでも、寂しさ、不安から解放されることはなく、自己研鑽からも解放されない。
でも、これが生きているということであり、この感情から解放されたとき、死がやって来るのだと考えている。
あと、この感情への対処としてジョージ・ケナンと森鴎外の言葉が気に入っている。
『二十世紀を生きて』P29
P29 著者もプリンストン大学の貧しくて田舎者丸出しだった一年生の時の自分の反応を思い出すが、大抵の同級生よりは一歳年下で、他の学生の多くが素養もあり、行儀作法も洗練されているのを見せつけられ、自分が彼らの目に止まったとすれば、お粗末な姿に映っただろうと思わざるを得なかった。
そして著者はある時、自分にこういおうとしたのを思い出す。
「この連中がお前に当てる基準を額面通りに受け取ってはならぬ。自前の基準を作らなければならぬ」。
『山椒大夫・高瀬舟』P50
P50 こういうように広狭種々のsocialな繋累的思想が、次第もなく簇がり起こって来るが、それがとうとうindividuellな自我の上に帰着してしまう。死というものはあらゆる方角から引っ張っている糸の湊合している、この自我というものが無くなってしまうのだと思う。(略)
西洋人は死を恐れないのは野蛮人の性質だと云っている。自分は西洋人の謂う野蛮人というのかも知れないと思う。(略)そんなら自我が無くなるということに就いて、平気でいるかというに、そうではない。
P51 その自我というものが有る間に、それをどんな物だとはっきり考えも見ずに、知らずに、それを無くしてしまうのが口惜しい。残念である。漢学者の謂う酔生夢死というような生涯を送ってしまうのが残念である。それを口惜しい、残念だと思うと同時に、痛切に心の空虚を感ずる。なんともかとも言われない寂しさを覚える。
(2017.12.26)
#朝の独り言 この感覚はよくわかる。ジョージ・ケナン「二十世紀を生きて」にも同じことが書かれていた。→私は慶應大学に通っていたとき、まわりの子は、慶應の中学や高校から来ている人ばかりで、劣等感しか感じませんでした。 https://t.co/GlCsr1YbiE
— ghoti (@ghoti_sousama) December 26, 2017
(2019.09.26)孤独こそが寂しさの特効薬 | DRESS [ドレス]
https://p-dress.jp/articles/9812
(2015.02.17)孤独に悩む人は”solitudeとloneliness”の違いを認識すべき - 孤独hack
http://loneliness.hatenablog.com/entry/2015/02/17/172511