第一章 ジリノフスキーの恐怖と怪奇現象 P20-27
P20 面白いことを喋る人間が現れたものだ(tw)。「日本人が北方領土を返せというなら、もう一度、広島と長崎を再現することも考えよう。ロシアで威張り散らすドイツ人を追い出すためには、ドイツにチェルノブイリの悲劇を起こすこともためらう必要はない」こうした狂気の言葉を吐き散らしながら、九三年十二月のロシア新議会選挙で第一党になった自由民主党の党首ジリノフスキーである。(略、彼は名前をもじって、ヒットラーの息子と呼ばれた)P21そこでヒットラーから反ユダヤ主義に連想が進み、記者たちはジリノフスキーにユダヤ人問題を質問した。
すると彼は、自分が反ユダヤ主義ではないことを明言したのである。しかし、次のように付け加えることも忘れなかった。
「ユダヤ人は、ロシアで反ユダヤ主義を引き起こしつつある」P21 当初ここまでは、ジャーナリズム全体の調子がジリノフスキーに反ユダヤ主義のレッテルを貼ることに終始していた。ところが選挙から一週間もたたないうちに、"インターナショナル・ヘラルド・トリビューン"紙が、次のような見出しで彼の正体を暴露したのである。
---モスクワのユダヤ人たちは、ジリノフスキーが自分たちの仲間だったと語る---つまり彼の父親ヴォリフがユダヤ人で、ジリノフスキー自身もそれまでユダヤ人としてロシアで活動してきたという事実が、大きく書かれたのである。
実は、アウシュヴィッツの収容所で起こった悲劇に心底から思いをなし、ユダヤ人問題を真剣に考えたことのある人であれば、ウラジミール・ヴォリフォヴィッチ・ジリノフスキーという名前を聞いただけで、ロシアのヴォリフ(Volf)はユダヤ人が好んで名前に使う"ウルフ"(Wolf--狼)だと分かるのである。
それがこの時、ようやく報道されたにすぎなかった(日本の新聞では、ずっとP22あとになって、彼がイスラエルへの移住を望んでいたことなどが報道されるようになったが、「ヒットラーの再来」という論調は、ほとんど変わらなかった)。
彼の発言をよく聞けば、常に第二次世界大戦の戦争犯罪者であるドイツ人と日本人への憎悪に満ちた言葉が、主な主張であった。(略)その人間が反ユダヤ主義であるはずはなく、”ロシアのヒットラー”というニックネームほど不適当な表現はなかった。
ところが、これが奇怪な事件であったのは、その後も多くの新聞やテレビの報道が、相変わらず「ロシアに反ユダヤ主義の台頭」という論調でニュースを流し、九四年が明けても、国際ジャーナリズムがジリノフスキーを"ロシアのヒットラー"と呼び続けたことである。
彼の正体(はユダヤ人)を暴露した"インターナショナル・ヘラルド・トリビューン"は、誰もが知る"ワシントン・ポスト"と"ニューヨーク・タイムズ"の合併紙であり、両紙の記事からエッセンスを集めた国際紙である。
のちに述べるように、ユダヤ人のオーナーが発行している代表的な新聞であり、わが国でも、外国紙としては実業界などでは最大の部数が読まれている。(略)そのユダヤ系の新聞にとっては、どちらかと言えば具合の悪い事実を書いたのであるから、大いに注目すべきことであった。
さてこのような経過を目にして、どこが奇怪であったかを推理してみよう。
P23 まず第一に、ロシアの選挙で、ジリノフスキーのような貧しい人間がテレビで顔を売り、高い得票率をおさめることは不可能なはずだ。一体どこから金が出たか、という謎である(参照)。(略、ロシアでは政見放送するには金が必要)
第二は、その実業家の目的である。どこから考えても、その実業家が世界を混乱させようとしていることは、間違いないところである。混乱によって何を手に入れようとしているのか。
第三は、ジリノフスキーのその後の行動は、ユダヤ人であることを明らかにされたにもかかわらず、ドイツなどで極右政党を訪問するという矛盾したものになっていることだ。おそらく両者のあいだに、何か別の下心があるはずである。
彼の言葉のなかで正鵠を得ていたのは、皮肉にも、P24「ユダヤ人は、ロシアで反ユダヤ主義を引き起こしつつある」というひと言だった。なぜなら、彼自身がユダヤ人であることは、すでにヨーロッパで広く報道された周知の事実であり、以上述べたような数々の「矛盾」や「奇怪さ」に、ヨーロッパの知識人はすでに気づいていたからである。
(略、「民族主義の台頭」「ネオナチ」「反ユダヤ主義」などの言葉を疑ってみる必要がある)
P25 血みどろのユーゴ内戦があれは、民族紛争だと言う。アルメニア・アゼルバイジャンの闘いが起これば民族紛争だと言って片づける。その挙句、「世界じゅうには、冷戦崩壊後に民族紛争が噴き出した」という先生たちが多い。
ところが湾岸戦争は同じアラブ民族同士のイラクとクウェートが戦わされた戦争であった。カンボジアの内戦で殺し合ったシアヌーク派とポル・ポト派は、どちらも同じクメール民族ではなかっただろうか。誰がその闘いを導いたのか。
朝鮮半島の北朝鮮と韓国は、同じ韓民族がアメリカなどの圧力で深刻な対立に巻き込まれてきた。南アの黒人同士の殺し合いは、明らかにアパルトヘイトの白人支配者が、一方に武器を与え攻撃を仕掛けさせた事実が問題になっている。
ソマリアの部族間の争いと言われてきた内戦も、武器を送りこんで挑発したのは、国連安全保障理事会の常任理事国であった。P26目を覆うアンゴラ紛争やアフガン戦争も同じである。民族紛争より、同じ民族同士の殺し合いのほうがはるかに多いというのが、現実である。(略)
言葉が危険なのである。正義の言葉が、人を殺してきたことになる。若く無知なジリノフスキーは、もはやアウシュヴィッツの悲劇を体験したユダヤ人としての資格を持たない人間である。一方、ネオナチと自称する集団も、極右と呼ぶには半端な人P27間たちだ。
どちらも節操がなく、一貫した論理性がない。国際ジャーナリズムに関わる多くの知識人が、ジリノフスキーを商品化し、ネオナチとユダヤ人問題を商品化してきた。『シンドラーのリスト(tw)』も『アンネの日記(tw,tw)』も商品化され、かえって本物のナチズムを復活させようとしていることに気がつく必要がある(tw)。
実際にいま大量に殺されているのは、ヘブロンで虐殺されたパレスチナ人ではないだろうか。むしろ私たちが、ジリノフスキーという人間の登場を目にして推理するべき問題は、「論理性がなく行動する人間には、別の大きな目的が胸のなかに秘められている」という疑いである。(略、解き明かさなければならない謎)
それには、私たち自身が、数年前に戻る必要がある。米ソ対立がなくなり、東西冷戦が終わった、と安堵の胸をなでおろしたあの時に、今日から明日にかけての、「世界的大不況」と呼ばれる時代の幕が開かれ、次々と不穏な人物が舞台に登場しはじめたのである。(略)
これまでの二〇世紀の世界は、経済発展一途に邁進してきた。その経済という世界の実態は、奇怪なものであった。
第二章 日本経済崩壊の背景 P30-82
2.1 経済崩壊はチェルノブイリから P30-392.2 膨大な失業者の発生 P39-53
2.3 ロスチャイルド財閥の秘密 P54-76
(P54-)
P54 世界の総本山は、言うまでもなく、ロスチャイルド財閥である。私が『赤い盾--ロスチャイルドの謎』(参照)を書いたのは、九一年の暮れだったが、その後、二年以上経過して前述のような激しい経済変化の波が襲いかかったので、最近のことを含めてこの巨大な金融財閥の活動について近況を説明しておきたい。
時には、同書の出版後、意味も知らずにユダヤ人とロスチャイルドを結びつけて語る先生がたまで現れてきたので、それが別次元のことであることをお断りしておきたい。それは、ロスチャイルドにとって迷惑なことである。
筆者がこの財閥を調べたのは、ユダヤ人の冤罪として名高いフランスのドレフュス事件(参照)や第二次世界大戦におけるアウシュヴィッツの悲劇がヨーロッパ全土に展開する一方、逆に戦後は、その被害者であるユダヤ人が砂漠にイスラエルを建国(モンテフィオーレ、提唱、バルフォア宣言、建国、その後)して、パレスチナ人を虐殺しつづけてきた中東問題の真実を知りたいという、歴史的な疑問が動機であった(tw、tw)。
私自身は、二千年前の聖書時代に、ローマの侵略に立ち上がったユダヤ人の最期の闘い、砂漠にあるマッサダの砦で殺された勇気あるユダヤ人の歴史に情熱を持っていた。しかしソロモン王やヘロデ王、サロメ、キリストなどについて、考古学的な調査をするために訪れたパレスチナで見た現実は、ユダヤ人が逆に横暴に振舞っているイスラエルという国家であった。
P55 ここに、大きな疑問が生まれた。なぜ、殺し合うのか、と。
そしてこの史実を中心に、ロスチャイルド家の人物が絶えず見え隠れすることから、生きている人間の個人史、つまり悪魔的な魅力を持つ一方で、天分豊かな才能を発揮してきたこの一族の近代史を追跡するようになって行った。やがて、ロスチャイルド家のファミリーが全世界に網を張って、驚くべき巨大な財閥を形成し、この世に起こっている重大な出来事の大部分を動かしているという事実が、ひとりずつの伝記や経歴から明らかになってきた。
彼らは、いまから数百年前に台頭してきた金融財閥だが、初期には、中世ユダヤ人の金貸し業者としてスタートした。
それが時代を経て、幾多のユダヤ人迫害と排斥を受けながら、なおかつ生き残ってゆくために、この金融組織を今日までずっと維持し続けてきた。最終的には、WASP(white Anglo-Saxon Protestant--白人のアングロ・サクソン系プロテスタント)と呼ばれる支配者のキリスト教世界を席巻するほど、巨大化してしまった。
現在、ウォール街などの証券業界・投資業界で「ユダヤ系」と言われるマーチャント・バンカーの名前を、いくつかあげてみよう。ゴールドマン・サックス、ソロモン・ブラザース、クーン・レーブ商会、リーマン・ブラザース、S・G・ウォーバーグ・・・
これらの名前は、現在日本では一般にアメリカ人扱いされているために米国式の発音になっているが、すべてマーチャント・バンカーの濫觴はヨーロッパにあり、もともとサックスはザックス、ソロモンはサロモンまたはザロモン、リーマンはレーマン、ウォーバーグはP56ワーバーグまたはヴァーブルクなどと、現在でも国や地方によってさまざまな呼び方をされている。
本書では便宜上、日本で普遍性の高いアメリカ的発音に統一して表記するが、ユダヤ人にとっては歴史の浅い合衆国を中心に考えるより、ヨーロッパ名のほうが重要である。さて、シティーからウォール街にかけて、あるいはパリからフランクフルトにかけて活動する「ユダヤ系」と言われる国際マーチャント・バンカーは、このようにほぼ十指にのぼる有名なものがある。
この「ユダヤ系」というのが、実は調べてみたところ、広くユダヤ人総称する民族集団ではなかった。完全に、ドイツ・フランクフルトのユダヤ人ゲットーに発したロスチャイルドの一族が、ごく身近な近親結婚によって成り立たせている"ひと握りの金融集団"であった。つまり、「ユダヤ人」と言うよりは、そのわずかな人数の「ロスチャイルド家」であった。
その深い歴史と広大な世界については、前記の『赤い盾』(参照)に詳細を書いたが、この歴史を凝縮して、次の【系図1--キリスト財閥とロスチャイルド】と【系図2(1、2)--ロスチャイルド家の全ユダヤ金融】に描いたので、まとめて見ていただきたい。
二枚の系図を、対比されるとよくお分かりになるだろう。東インド会社を根城にして全世界を侵略した【系図1】のキリスト教金融財閥が、ロスチャイルド家が台頭するよりはるか以前に、まず最初に地球上にあった。この重大な事実を故意に無視する人間が、"ユダヤ陰謀論"をふりかざすのである(tw)。
名前をあげれば兜町の誰でもが知っているように、ロイズ銀行、バークレーズ銀行、ベアリング・ブラザーズ、ギネス財閥、シュローダー銀行、などである。
P57 イギリスを中心に、ごく代表的なキリスト財閥を系図に示したが、「ロイズ銀行」と「バークレーズ銀行」は、キリスト教徒のなかでも商業界に絶大な力を持つクエーカー教徒が、ロスチャイルド家をしのぐほど何十回も近親結婚を繰り返して生み出した同じ一族の銀行である。
ギネス・ブックで有名な「ギネス財閥」は、いまではビール業者というより、アイルランドのダブリンに発したファミリーが、東インド会社の支配者「ベアリング・ブラザース」と組んで世界的な貿易をおこない、今日の日本経済と中国経済にも深くかかわる大商社である。
特に最近では、この両家が金塊の取引に大きく踏み出して、世界貿易の中核をになってきた。九三年にガットの事務局長に就任したピーター・サザーランドが、アイルランド最大の銀行グループ「アライド・アイリッシュ・バンクス」会長のポストから転じたのも、ギネス財閥の影響力によるものである。
「シュローダー銀行」は、ドイツのシュレーダー家(Schroder)がイギリスに渡って分家をつくり、ナチス時代を経て分家のほうが銀行家として生き残ったため、ウォール街で英語読みのシュローダー銀行(Schroder)として知られるようになったものである。
こうしたキリスト財閥の系図のど真ん中に、一九世紀初めから姿を現したのが、ほかならぬユダヤ人のロスチャイルド家であった。そして【系図1】に見られるように、キリスト教徒の財閥と結婚を重ねるうち、本当はP60使われる身であったはずのこの一族が、商才に長け、金融界の大部分を動かすようになってしまったのである。
金融界の頂点に立ったロスチャイルド家だけを取り出してみると、【系図2(1、2)--ロスチャイルド家の全ユダヤ金融】のようにすさまじい世界が現れてくる。(略)
フランス系のユダヤ金融といわれる「ラザール・フレール」も、遠く北欧からロンドンにかけて活躍する「ハンブローズ銀行」も、あるいはかなり古い時代からアメリカ大陸で活動してホワイトハウスに介入してきた「ソロモン・ブラザース」も、結局は、ドイツ・フランクフルト系のロスチャイルド一家と血縁関係を結ぶことによって、初めて国際金融財閥の名門に伍してその名を連ね、二〇世紀末まで生き延びることができたのである。
(略、キリスト教徒とユダヤ教徒が合体した一例として、八〇年代最大の金融スキャンダルを起こしたドレクセル・バーナム・ランベールのお話)
P61 逮捕されたのはマイケル・ミルケンという成り上がり者で、この男は有罪となってわずかな罰金を払ったというが、そこで発生したはずの天文学的な金額の利益は、どこかへ消えてしまったのである。マイケル・ミルケンはその後、九三年には早くも歌手のマイケル・ジャクソンと組んで復活し、ダブル・マイケル財団を設立してテレビ界に乗り込むと宣言した。
系図のタイトルは"全ユダヤ金融"だが、勿論このほかにも、ガットの穀物貿易を支配するパリの「ルイ⁼ドレフュス銀行」から、戦後ドイツの復興で最大の貢献者と言われる「サロモン・オッペンハイム商会」まで無数のユダヤ系バンカーがある。(略、畳二枚分の系図になる)ここでは紙面の関係で省略しなければならない。しかしそれも、抽象的な「ユダヤ系」ではなく、いずれもロスチャイルド金融ファミリーであった。
その一族が、金融界の外で、現代に何をしているのか、それが問題である。たとえばフランス系のユダヤ金融「ラザール・フレール」の場合は、この創業者の直系子P66孫のひとりエリアーヌ・ラザールという女性大富豪が、ウォール街を支配するニューヨーク州知事マリオ・クオモの黒幕として有名であった。
クオモは、ビル・クリントン大統領よりはるかに実力のある政治家として大統領選挙では必ず民主党の候補№1に名前を挙げられてきた大物だが、九二年の大統領選挙でもまた、クリントンの支援者にとどまり、自らの立候補を断念した。彼の息子アンドリューの結婚相手が、ケリー・ケネディー、つまりダラスで暗殺されたJFK大統領の姪であり、選挙戦中に暗殺されたロバート・ケネディーの娘である。
またしても"悲劇の大統領一家"として語られる暗い噂を避けたのだろうか。いずれにしろ、その背後にいるロスチャイルドの金融家は、とてつもない資産の持主である。
その資産を有効に使ってアメリカ・マスコミの世界を手玉に取り、大統領に当選したダーク・ホースのクリントンだが、選挙参謀として資金集めに奔走したのが、いま示した系図のロスチャイルド銀行のひとつ、「ゴールドマン・サックス」の会長ロバート・ルービンという男であった。
ルービンはその後、クリントン政権の「経済」担当という最もそれらしいポストの大統領補佐官に就任し、日本経済を根底から揺るがした円高政策を、実行に移したのである。それが、「経済」担当という意味であった。
このように投資銀行「ゴールドマン・サックス」は、クリントンの最大の黒幕であり、同時にその会長ルービンが「南部のささやかな知事をホワイトハウスに送りこんだ男」として知られてきた。ロシアの「極右」ジリノフスキーだけだ謎の実業家から選挙資金をかき集めたのではなく、アメリカの「民主党・アーカンソー州知事」クリントンも、謎の実業家からP67選挙資金をかき集めた。
クリントン政権のもうひとりの黒幕が、パメラ・ハリマンという女性だった。政権発足から二ヶ月後にフランス大使に選ばれた、名だたる民主党のスポンサーであった。
(略、ハリマンの名が示す通り彼女の系図、男性遍歴が凄い!一番目の夫がランドルフ・チャーチル、二番目がリーランド・ヘイワード、三番目が(ウィリアム・)アヴェレル・ハリマン。また、大戦中の実力者と次々と関係を持ち"世紀の娼婦"と描かれた(彼女の伝記『Life of the Party』クリストファー・オグデン著))
P68 そして、ハリマン社の最高幹部がプレスコット・ブッシュ、その息子が前大統領ジョージ・ブッシュであった。パメラの人脈は、不可思議なことに民主党と共和党にまたがっていた。クリントンが大統領に就任後、その選挙で激しくやり合ったブッシュとクリントンの選挙参謀が仲良く結婚して、"ロミオとジュリエット"の現代版と報じられたが、彼らは政敵ではなく、パメラという女性が舞台をセットした一幕物のの政治ゲームを演じただけである。
両者に密約があったことは、すでに全米に知られている。(略)というのは、もし民主党と共和党がまったく違う政策を取りはじめると、困るのは軍事体制によって成り立つ国家「アメリカ」自身だからである。これは、ホワイトハウスの背後で国家機密に関する指揮権をあずかる軍人からの、動かしがたい要請で会った。(略、外交政策に一貫性・信頼性をもたせるため)
そのため、安全保障や情報活動にまつわるトップ・シークレットの実権部分は、政党とは別の次元で活動しなければならない。それが歴代の大統領にとって絶えず苦悩の種となってきた。せっかくホワイトハウスに入ることはできたが、自分が身動きのとれない軍事国家にある事実を思い知らされるのである。
もし政策を変更すれば、個人的スキャンダルの暴露か暗殺が待ち受けているという。しかし、実際には、あらかじめ金融のパトロンと密約ができた上での大統領候補であるから、根っからの善人が大統領に選ばれる確率は、アメリカでは万に一つもない。
このように両陣営に手を差しのべた女神のパメラ・ハリマン未亡人は、アメリカでもイギリスでも力を持ち、政界の総本山を動かしてきた。なぜ、そのようなことができるのだろうか。彼女の父親は、イギリスの男爵エドワード・ディグビー。その義兄弟がアルバート・プリムローズ。その母はハンナ・ロスチャイルド。つまり、彼女の父親エドワード・ディグビーは、ロンドンのロスチャイルド家だったのである。
(略)
(P70-)
P70 ヨーロッパとアメリカが大きな国際的閨閥のなかで、一体となって動いてきた。しかも、全体がロスチャイルド金融財閥の一本の指先によって動かされている。
クリントン政権は、歴代の大統領のなかで、私が調べた限りも、驚くほどロスチャイルドのファミリーが多い。それも、閣僚よりむしろ次官クラスに要人が揃っている。アンダーセクレタリーと言われる、陰に隠れている部分--現場を実際に動かす事務局である。日本で言えば、外務大臣ではなく、外務事務次官だった小和田恒のような人間である。
こうした文脈で人間の脳裏に登場するのが、「ユダヤ人の陰謀」という歴史観である。しかしその説は、ここで明確に否定しておきたい。ロスチャイルド一族がユダヤ人であるからといって、クエーカー教徒やJ・P・モルガン、ギネス財閥などを無視して、少数のユダヤ人が全世界を単独で支配できるはずはないからである。
(略)
P71 ユダヤ陰謀史観の多くが、経済界から出ている点に注目して考えれば、その本質やいかがわしさはすぐに分かるだろう。(略、ビジネスは宗教とは無縁)現代の実業家に重要なのは、一族がどれだけの大金を手にすることができるかということであって、決して宗派ではない。
何より、パメラ・ハリマンは、ユダヤ教徒ではなく、イギリスの男爵家から出たキリスト教徒である。南アに広大な利権を広げるイギリス一の商業銀行は、【系図1】のクエーカー教徒が創立したバークレーズ銀行であり、ロイズ銀行もクエーカー教徒のロイズ家が創立したものだったが、アメリカではどうだろう。
フランスのユグノー派も、貿易界では絶大な力を持ち、フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領のデラノ一族を生み出してきた。フランスから渡って火薬業者となり、"死の商人"P72の異名をとったデュポン家(→『赤い盾』P606-参照)も、同じユグノー派である。
そのため、ルーズベルト大統領の息子は、デュポン家の娘と結婚している。アメリカでは、ユダヤ人が直接ホワイトハウスの頂点に立ったことは、少なくとも公式には一度もない。また、金融界で抜きんでた力を持つロックフェラー財閥とモルガン財閥も、自ら名乗る代表的なキリスト教徒である。
ところがこうした表面的なアメリカのキリス教支配の世界が、裏の実業界で手を結んだのは、やはりロスチャイルド財閥にほかならなかった。ユダヤ人嫌いのモルガン家は、ロスチャイルドの代理人として活動することによって、アメリカ南北戦争時代から巨財をつくることに成功し、そしてロックフェラー一族は、かつてロシアのバクー油田をめぐって戦った最大の敵ロスチャイルド一族に入る有名なユダヤ人ファミリーと、結婚しているのだ【系図3--ロスチャイルドとモルガン・ロックフェラーの最強連合】(tw)。
(略、こうした閨閥が地球を支配している、という話)
P76 さきほど示したロスチャイルド一族のマーチャント・バンカーの系図【系図2(1、2)】に登場するラザール・フレールは、ニューヨーク州知事クオモやクリントン大統領の黒幕というだけでなく、九〇年には、日銀総裁だった澄田智を顧問として迎え入れた。ここに、日本経済がどのように動かされているかを知る重要な手がかりがある(tw)。
→『赤い盾』3.5 フランスの支配者"二百家族" P519(参照)
→『赤い盾』3.6 地中海クラブ P555(参照)
何よりも、日本の中央銀行のトップだった人間が、いよいよ経済問題が激動しようという"ベルリンの壁"崩壊直後の八九年一二月に日銀総裁を辞職すると、翌年三月には早くも経済紛争の相手側と言ってもよいラザールの門をくぐって、内部に入って行ったのである。
澄田智とは何者であろうか。彼本人だけの履歴を見れば、ベルギー、フランスのなどの大使館で一等書記官をつとめ、大蔵省で№1の事務次官まで昇進したあと、輸出入銀行の総裁になり、八四年一二月から日銀の総裁に就任したことになる。実は、この年こそ日本経済が破綻の第一歩を踏み出したときであった。
2.4 日銀総裁と国際金融マフィア P77-82
P77 澄田智が実権をふるいだした八五年、「日米経済摩擦」、「電電公社と国鉄民営化」、「住友による平和相互銀行の買収」、「アメリカ金融界の日本上陸」で兜町は揺れていた。八五年九月一九日にニューヨークのプラザ・ホテルでG7会議が開かれ、そこでいわゆるプラザ合意が成立すると、日本は国際市場から占め出され、あり余る資金を国内に向けなければならない状況に追いつめられた(tw)。
そこから狂乱の地価高騰など、バブル経済に突入していった。このプラザ合意直後の一〇月一五日、アメリカの大手モルガン・ギャランティ・トラストとバンカーズ・トラストに対して、大蔵省が日本での信託業務を認可すると、二週間後には早くも外国銀行として初めての営業がスタートしたのである。プラザ合意とは?円高と円安の意味をわかりやすく解説!|みんなでつくる!暮らしのマネーメディア みんなのマネ活(参照)
・プラザ合意の背景と内容
1980年代前半のアメリカでは厳しい金融引き締めが行われていました。金融引き締めに伴い金利が上昇、世界中から多くのお金がドルに集まってきます。その結果ドル高が進み、アメリカは貿易赤字を抱えていました。
USドル/円の為替レートの推移(1980~2022年)(参照)
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プラザ合意の主な内容を簡単に言えば、「参加各国が外国為替市場に協調介入して、ドル高を是正しましょう」ということでした。発表後1日の間に円相場は1ドル235円から約20円下落。翌年には150円台になり、円高ドル安という目的は達成されました。1986.4.5 Rendez-vous Houston (Full Video) - Jean Michel Jarre(tw)・ルーブル合意とクリスマス合意
今度はドル安が進行しすぎたということで、1987年2月22日、ドル安の歯止めを目指すルーブル合意が成立しました。これはパリのルーブル宮殿で行われたもので、会議にはプラザ合意の5カ国にカナダとイタリアが加わっています。1987年12月22日にはドルの安定を求めるクリスマス合意も出され、ドル円はしばらく120円を底に推移するようになります。
・日本国内への影響
日本では円高が進行したことで輸出が減少。いったん国内景気が低迷します。日銀は円高不況に対する懸念から低金利政策を継続。一方で企業は円高メリットを享受するようになり、景気回復に転じました。
この低金利を利用し、銀行からお金を借りて土地を買い、これを担保にしてさらにお金を借りて土地を買う企業が増加し、バブル景気に突入していきます。プラザ合意が全ての原因ではありませんが、起点と言われています。そんなバブル景気から1990年初頭の株価暴落によりバブルは崩壊、そして「失われた10年」と呼ばれる期間に突入しました。
続いて翌一一月には、チェース・マンハッタン銀行が営業を開始。一二月にはシティバンクが日本の首都圏銀行五〇店を買収すると宣言し、不良貸出で揺れる平和相互銀行に買収を申し入れた。さらに翌八六年二月一日からは、メリル・リンチ(tw)が東証での場立ち(株の売買)をスタートしたのである。危機感は頂点に達した。
しかし六日、住友銀行が平和相互銀行の吸収合併を電撃発表、十五日に合意声明が出されて、金融界は太い息をつくことができた。しかしここで。ついに電電公社が民営化に踏み切り、NTTとして八七年二月に上場されると、「兜町に入ってきた外国勢は大したことがない」という慢心した風潮のなかで、新聞が経済欄を一挙に拡大して、経済大国・日本をはやし立て、国民こぞって株の投機に走りだした。
誰がいさめるどころか、八八年五月二五日には、株価指数や金利などの数字を言い当てるギャンブルとして"先物取引き"を認めるP78金融法が参院を通過、成立した。こうして、金がなくても、大がかりな取引をできるように証券界が走り出した。
「マネー・ゲームは先物取引き時代に入った」と経済担当の記者が書きまくり、実体のない風船をふくらませるだけふくらませる異常事態に突入したのである。筆者は当時、日本経済摩擦のなかで国際金融マフィアをあなどるなと警告を発したつもりだったが、歴史上の暴落・恐慌・買収から金融原理を学ぼうとしない先生がたが、誰ひとり耳を貸さなかったことをよく覚えている。
結果が、いま目の前にある。たとえばNTTの株価暴落の陰に、何があっただろうか。NTTの真藤恒社長はコンピューターの巨人IBMとの提携を発表したが、そのIBMの重役室に座っていたのは、フランク・キャリーが「モルガン」の重役、ジョージ・バイツェルが、「バンカーズ」の重役、リチャード・ライマンが「チェース」の重役、アーヴィング・シャピロが「シティバンク」の重役を兼務し、IBM世界貿易の重役ジル・コンウェイが「メリル」の重役を兼務していた。日本上陸の五大バンカーがそこにいることに、誰も気づいていなかった。
この五大バンカーは、わずかふたつの財閥モルガンとロックフェラーに集約される金融集団である。J・Pことジョン・ピアポント・モルガンによって設立された「モルガン」と「バンカーズ」・・・ロックフェラー一族が育てた「チェース」・・・両者のファースト・ナショナル・シティー銀行とシティー銀行が合体した「シティーバンク」・・・その投資部門を受け持つって急成長した「メリル」だからである。
その後、東京証券取引所の会員となった外国P79の証券会社は、その一〇倍の五〇社に達し、そこに文字通り世界最大のユダヤ金融財閥ロスチャイルドが、第三のシンジケートとして大きく羽を広げた形で入り込んでいたのである。
金融開放がはじまった当時、日銀総裁の澄田智が何者であるかについて、財界は日本史をよく調べて知っておくべきだった。すでにその名は、霞が関の官庁街に"天下り人事のボス"として鳴り響いていた。天下りは、日本の腐敗した支配システムとして、紙上では百万遍も非難されながら、その人事を誰が握っているかという最大・究極の問題について、日本人は追及を怠ってきたと言ってよいだろう。
われわれ一般庶民にとって不思議のなかの不思議は、誰が天下りの人事権を持っているかである。なぜ澄田智がボスだったのか、という疑問である。
(略、澄田智の父親(第四章参照)についての記述。軍人、満州の利権、、フランスのロスチャイルドとの関係)
このように具体的な人間関係史をしらべてゆくと、果たして、東西冷戦は、真の対立であったのか、それとも第二次世界大戦で膨大なものに膨れあがったアメリカとヨーロッパ、P82ソ連(ロシア)の軍需産業を維持するため、絶対不可欠の条件ではなかったのか、という疑問を、いまだに私は捨てきれずにいる。
勿論、毛沢東たちアジア人には関係ないことであった。その直後に発生した悲惨な朝鮮戦争やベトナム戦争を含めて、アジア全体が、今でもこうして利用され、互いにいがみ合うように仕向けられているのではないのだろうか。
金輪際許されることのないはずの人間が日本に帰国した。このことだけでも不思議だが、その息子がベルギー大使館・フランス大使館の一等書記官からキャリアをスタートさせ、やがて日銀総裁のポストに就くや、金融自由化がおこなわれて今日の経済危機を迎えたことになる。
再度書くが、ラザール・フレールは、フランスに発し、ウォール街に拠点を築いたマーチャント・バンカーである。そして現在の日本経済は、戦後、ウォール街によって育てられた"敗戦の所産"であった。歴代首相の座も、そのウォール街が承認を与えないかぎり決定できない、と噂されてきた根拠がどこにあるのか、それを日本人は知る権利があるだろう。
九三年に、日本は政界に新時代を迎え、細川護熙が首相の座に就いた。続いて九四年に、細川首相が辞任して、羽田孜が政権を譲り受け・・・以上の観点から、新しい日本政界の実態について、全体像をつかんでみよう
第三章 細川政権誕生の謎 P84-121
第四章 カンボジア内戦の勝利者 P124-154
4.1 シアヌーク国王誕生の真相 P124-132(P124-)
(P130-)
P130 では、インドシナ総督ドクーと日本人の関係は、そのとき、具体的にどのようになっていたのであろうか。次のような資料が存在する。
『現代史資料』(第10巻--日中戦争3--531頁より、みすず書房)である。
「陸軍少将澄田らい四郎ニ与フル訓令」と題した記録があり、その"別冊第三"の項目には、「武力行使の時機決定要領(案)」(昭和十六年六月二八日)、参謀本部第二課)が記されている。
これは一九四一年のことであり、真珠湾攻撃の半年前であった。
それによれば、澄田らい四郎の率いる澄田機関が、仏印(フランス領インドシナ)総督と軍事交渉をおこなうよう命令が出されており、そのとき、フランス軍と衝突を避けるように兵員を配備しなければならないとの注意書きが付されていた。
第二章で登場した、八〇年代の日銀総裁・澄田智の父親である(参照)。つい先年、フランス系投資銀行ラザール・フレールの顧問に就任した澄田智の父親が、実はその時代から、フランスのアジア支配者ドクーと秘密の交渉を持っていたのである。
のち、澄田らい四郎がインドシナ半島から満州方面に転任し、少将から中将に昇進して、河本大作と組んで中国で悪事を重ねたことについて第二章で述べたが、実は澄田らい四郎本人が、このインドシナに赴任する前には、フランスの駐在武官をつとめていたのであった。そこで生まれた澄田機関が、八〇年代の日銀総裁・澄田智(父と同じくフランス大使館での初期キャリアを持つ男)に引き継がれ、霞が関の天下り人事を支配してきたことになる。
澄田らい四郎は、インドシナ半島にいた時代から、現地の日本人将校に「あれは日本の将校ではなく、フランスの将校だ」とささやかれたばかりでなく、実際にもフランスを中心に活動する不思議な存在であった。その背後にいたのが、われわれのよく知るフランス財閥だったことになる。
一体、こうしたヨーロッパの人間と交渉している現在の外務省とは、どのような人材で構成されているのであろうか。ヨーロッパ・アメリカ帰りの外務事務次官・小和田恒を中心とする外務省が、自衛隊の海外派兵を強行した裏には、「国際貢献」という言葉の陰に隠された、それ以上の複雑な理由があるのではなかろうか。
一方、インドシナ総督ドクーは、終戦前の四五年三月に日本軍に捕らえられ、わずかな期間だけ捕虜収容所に入れられている。ところが、大日本帝国の敗北と共に解放されながら、"ナチス"と組んだヴィシー政府の高官として戦争犯罪の裁判にかけられ、なおかつこちらも不思議なことに、、澄田らい四郎と同じように無罪放免となっていた。
フランスの重大な戦犯もまた、インドシナの利権を取り戻すために必要とされ、復帰したのである。こうしてドゴール将軍のフランス軍がインドシナに戻ってくると、カンボジアの独立はただちに無効とされてしまい、ふたたびフランスの植民地となってしまった。
ナチスと戦ったフランスのレジスタンスのおそるべき正体が、これだったのである。ヨーロッパにおけるユダヤ人と、第三世界におけるユダヤ人を混同してはならないと述べた理由は、こうした無数の史実にある。戦後の日本人は、ヨーロッパとアメリカの文化を学ぶことに教養を見出し、彼らの映画、彼らの文学、彼らの音楽だけが世界の最高峰であると思いこんできた。
そのため、知識人ほど第三世界の実態を知らずに、あるいは知っていても口にすることなく、ユダヤ人批判P132をタブーとしてきた。大日本帝国が撤退したと、ドゴール将軍のフランス軍がインドシナを再び支配した行動は、九三年に自衛隊が撤退した直後、カンボジアがフランス軍の手に落ちた現代と、何とよく似ていることだろう。
4.2 フランス軍閥の登場 P132-142
(P134-)
4.3 カンボジアへの武器供給メカニズム P142-154
(P142-)
第五章 ユダヤ人と中東問題 P156-193
第六章 世界的な金陶器と通貨不安 P196-234
第七章 ガットと日本農業の未来 P236-290
第八章 スイスと世界の金融マフィア P292-319
(P292-)8.1 銀行の不良債権 P292-299
P292 ある勢力集団が動いて、クリントン政権を支配し、日本人に大きな圧力をかけてきたことがそのひとつである。中心には、諜報機関のCIAまでが参加し、金融財閥ロスチャイルドが指令を出して兜町の証券取引所に強烈な打撃を与えたかと思えば、次には通貨不安と金P293投機をふたつの手にあやつって、世界的な資金集めの作業にとりかかった。
日本の政財界は、第二次世界大戦の戦犯を大量にかかえる弱みを握られて、身動きが取れない状況にある。日銀総裁と総理大臣の背後に、怪しげな人物たちの履歴が見え隠れする。カンボジアへ軍隊を出す愚行に走ったかと思えば、つぎにはガットのウルグアイ・ラウンドで煮え湯を呑まされた。
振り返ってみれば、インドシナ半島を危険なフランス軍隊にゆだねる手伝いをさせられたあとには、日本と第三世界の生命線である食料を売り渡すという、決定的な過ちを犯したのである。ところがロスチャイルドの国際軍団は、危機にあるアメリカ・ヨーロッパの産業復活に余念がなく、全世界の株価を着実に引き上げてきた。
そして自らの総本山であるイスラエルには、中東和平の名をもって新たな布石を打ちはじめた。「アラブの石油」と「ユダヤの金融」を結びつける、これまでにない壮大な計画である。しかしヘブロンの虐殺事件によって、それが振り出しに戻され、戦後初めてという"本物の反ユダヤ主義"の復活を目にしはじめた。
金価格も通貨も思いのままにあやつることができるロスチャイルド家は、日本経済、いや世界経済を、これから一体どこへ連れてゆこうとしているのか。その答えが、もうすぐ出ようとしている。日本の金融界は、天文学的な不良債権をかかえて、実体のない証券相場を不安な目で見守ってきた。
現在のアメリカには、グッゲンハイム財閥、ソロモン・ブラザース、リーマン・ブラザース、P294ゴールドマン・サックスといった代表的なユダヤ金融が勢ぞろいし、全員がロスチャイルド家である。彼らが政界を動かしている。
この一族が展開する金融資本は、これまでは、日本人など歯牙にもかけないような、隠然たる力を持っていた。しかしその根底にあった三大産業が崩壊して、自分たちの予期しない展開で立て直しを図らなければならなくなった。それでもなお、彼らが持っている力について、われわれが見るべきところは、いかなる危機にあっても、最後には一族の帳簿を合わせ、臨機応変に対応できる地球規模の組織を持つことである。
原子炉の爆発、ベルリンの壁崩壊など、予期できない事態にも、彼らの天賦の才は対応できるのである。これから爆発する可能性がある爆弾は、いくつかある。
バブル崩壊のなかにそっと置かれた「時限爆弾」がある。九一年から輪郭が見えはじめた日本の経済崩壊は、翌九二年に大きな音をたてて兜町の瓦を落とし、九三年には、柱が揺らぐほど激しく振動した。そのさなかの九ニ年のことである。四月の暴落に続いて六月から七月にかけて東証第一部の平均株価が一万五千円台に突入、八月一〇日には、ついに一万四千円台を記録した。続発する最安値の更新が、日本の産業界を震えあがらせた。
そのとき語られたのは、株価の暴落から、ついに外国人勢力による上場会社の合併・買収(Merger and Acquisition--M&A)へと、事態が急速に展開する可能性だった。もはやP295投機家の損害どころではない。日本経済が土台から崩れようとしていることに、金融・証券界だけでなく、大証企業家が青ざめた。日本株式会社の中枢部が、外国人投資家によって買い占められるところまで株価が急落し、安い株券が誰か特定の金融シンジケートに集中していたのである。
果たしてこれらの暴落が、当然起こるべくして起こった正常な経済原理によるものだったか、それともある集団によって作為的に引き起こされた悪意的なものだったか、歴史家が答えを出さないまま今日を迎えている。しかしその原因を論じなしで、これからの展望を論ずることはできないはずである。
日本がこれまで、鎖国同然に利益を守ってこられたのは、国際金融マフィアが悔しがる「系列会社」の株の持ち合いによるものだった、誰もが知る三井グループ、三菱グループ、住友グループの結束はおとより、富士銀行~安田財閥は丸紅と手を組み、三和銀行~日本生命~東洋信託の三水会は日商岩井と連盟を結成、第一勧銀は伊藤忠と、それぞれが集団で利権を守るように動いてきた。
その金融界から資金をもらって、三井系列の東芝やトヨタの工場が動き、三菱の三菱重工、住友の日本電気、安田の日産自動車、三和の神戸製鋼、第一勧銀の富士通といった工業界が、こちらもまた系列を柱としてたくみに形成されてきた。日立の場合は、そのあちこちのグループに顔を出す。
ところがこの相互持合い方式は、ここに内部から「トロイの木馬」が現れると、逆に一挙に本丸まで持ち合い方式によって乗っ取られる大変危ない構造であるこP296とに、日本人は気づいていなかった。今度は、芋づる式に買収されるのである。