(P24-)
→科学と芸術、あるいは、普遍と個別、『人間の建設』参照
科学的知性の限界 P34-44
(P38-)
P39 岡 心が納得するためには、情が承知しなければなりませんね。
P41 岡 知性には感情を説得する力がない。
人間と人生への無知 P44-52
(P50)
P51 小林 アウグスチヌスが「コンフェッション(懺悔録)」のなかで、時というものを説明しろといったらおれは知らないと言う、説明しなくてもいいというなら、おれは知っていると言うと書いていますね。
→「それが何であるか問わなければわかるが、問うとわからなくなる」もの...(参照)
美的感動について P71-81
(P72)
P72 岡 言い表しにくいことを言って、聞いてもらいたいというときには、人は熱心になる、それは情熱なのです。そして、ある情緒が起るについて、それはこういうものだという。
それを直観といっておるのです。そして直観と情熱があればやるし、同感すれば読むし、そういうものがなければ、見向きもしない。そういう人を私は詩人といい、それ以外の人を俗世界の人といっておるのです。
芥川は詩という言葉が好きでした。(略)P73 漱石の書いたものには詩がある。しかし鴎外にはそれがないと言っていますね。
→科学と芸術、あるいは、普遍と個別『漱石が見た物理学』(参照)
(P78)
P78 小林 (ゴッホの原画を見て)複製のほうがいいですわ。
人間の生きかた P82-93
(P82)
(P84-)ドストエフスキーとトルストイの違い
近代数学と情緒 P125-136
(P128-)
信じることと考えること