第四章 尋問四日目 名利を追って P181-268
P206まわりに仲居たちがいるので、さすがにアヘンのアの字も言わない(tw,tw)。だがそれを聞いた瞬間、自分は酒をまったく飲まないのに、柔和に笑いながら酔って浮かれ騒ぐ岸たちに調子を合わせていた里見の表情が、突然引き締まった。そのまましばらく畳に視線を落としていたが、やがて顔を動かして、どすの利いた声で言った。
「今の満州国に失望しているからです」
「え?」
岸が顔をしかめた。里見が続けた。
「板垣さんや土肥原さんの話に乗ったのは、わたしはあの頃まだ、満州国の建国の理念が生きていると思ったからです。
なのに今のていたらくはなんですか。五族協和などというのはおためごかしもいいところだ。なんおことはない。日本の掃き溜めじゃないか」
座がしんと静まりかえった。岸と古海が顔を見合わせた。かりそめにもふたりは満州国の中枢にいる高官だ。その前で、こんなことをはっきり口にする者がいるとは、信じられないといった面持ちだった。
里見が続けた。
「わたしには、蒋介石政府の中に尊敬する古い友人が何人もいる。かつて満州国が生まれた時、まっさきに考えたのは彼らのことだった。こんなことをしていいのか、と。だが、当時は彼らの力が弱く、あのままではソ連が入り込んでくること必定の情勢でもあった。
だから、彼らも、いつかは納得してくれると思い、国通などという満州国の旗振り役をかって出た。わたしは今、あれをやったことすら後悔してます」
P207「いや、それを言われると一言もない」
古海がつぶやいた。
「たしかに満州の現状は、建国の理念とは程遠い。里見さんの苦言は、しっかりと覚えておきます」
岸がそう言って、握手を求めてきた。
里見と岸信介、古海忠之の出会いは、このように実りの少ないものに終わった。しかし率直に自分をさらけ出す里見に対し、岸は特別の思いを抱いた。それは古海にとっても同じで、以後長いつきあいのはじまりとなった。
昭和一二年七月七日深夜、北京の北東郊外を流れる永定河にかかる古い橋梁、盧溝橋北方竜王廟付近で、夜間訓練中の日本軍が川の中洲付近から数発の銃撃を受けた。
これをきっかけに日本軍と支那軍との間に戦闘が発生した。世にいう盧溝橋事件である。事件はまもなく日支の全面戦争へと発展した。
大本営の不拡大方針とは裏腹に、現地に駐屯していた部隊と関東軍は、独断で戦線をどんどん拡大していった。中でも東条参謀長麾下の関東軍は、この機を待ち受けていたかのように内蒙古のチャハル、綏遠両省に侵攻した。
この作戦の意図するところは、じきに明らかになる。
七月二十八日、支那駐屯軍は華北で支那軍に対して総攻撃を開始。日本政府はこの日、揚子江流域に住む日本人居留民に引き揚げを指令した。
二十九日、冀東防共自治政府の所在地通州で、日本人居留民百三十八名が惨殺された。これで、日本政府内でくすぶっていた和平路線は息の根を止められた。
これに追い撃ちをかけるような事件が、上海で起きた。
八月九日午後四時。
上海に駐屯する海軍特別陸戦隊に所属する大山勇夫中尉は、自分の警備担当地区視察のため、部下の斎藤与蔵一等水兵が運転する海軍公用車、黒塗りのフォードで、労勃生路の『水月俱楽部』を出た。
大山中尉は、上海市内に点在する日本の紡績工場を一通り見回った後、報告のため虹口の陸軍隊本部に向かった。車が、上海西方郊外にある虹橋飛行場近くの碑坊路にさしかかった時、突然支那側保安隊の銃撃を受けた。
大山中尉は、背後の至近距離から機関銃で撃たれた。さらに頭部を青龍刀でかち割られるという、無残な殺され方だった。
運転手の斎藤一等水兵も、現場から二百メートル離れた畑の中で、惨殺死体で発見された。大山中尉、斎藤一等兵とも、発見時には身ぐるみ剥されて全裸だった。
報告を受けた陸戦隊は激高し、この日はじめられた国民政府外交部長高宗武との和平交渉の席上、激烈な抗議を行った。
海軍軍令部からの、
P209「冷静沈着に対応されたい」
との訓令が、華中に駐屯する第三艦隊司令長官長谷川清中将に発せられていたこともあって、かろうじて武力衝突は避けられた。
和平交渉は双方の主張が鋭く対立したままで、高宗武は南京に引き揚げてしまった。
その後は不穏な雰囲気のまま膠着状態になり、日支両軍のにらみ合いが続いた。
八月十一日、佐世保に待機していた第八戦隊、第一水雷戦隊があいついで上海に到着、さらに特別陸戦隊千二百名が上陸、日本側の戦力は格段に増強された。これに対応する形で、支那側も六個師団を上海周辺に配備、文字通り一触即発の状態になった。
ついに十三日夜、戦闘開始。第二次上海事変へと突入した。待ちかまえていたかのように陸軍が動員下令、日本内地から第三、第十一両師団など、精鋭部隊を上海に派遣した。
近衛内閣は、
「支那軍の暴戻を膺懲し以て南京政府の反省を促す為今や断固たる措置をとる」
という声明を発した。
十七日の閣議では、それまで不拡大の放棄を決定。
華中方面の騒乱の間隙をついたのが、関東軍参謀長東条英機中将だった。
八月九日、東条は突然チャハル派遣兵団の編成を下令、みずから兵団長に収まった。五日後の十四日、東条兵団はチャハル省の省都張家口攻略を開始したが、激しい抵抗に遭って難航した。
しかし、関東軍から支那駐屯軍支援に派遣されていた独立混成第一旅団、同第十一旅団があいついで北上して東条兵団を支援、ようやく八月二十七日、張家口が陥落した。
P210その直後、東条は張家口に特務機関を設置すると同時に、兵団の特務顧問を務めている金井章次医博を動かして、現地有力者との協力態勢を作りあげた。
九月四日、察南自治政府が発足。かくて東条兵団は察南一帯のアヘン権益を完全に掌握するという、当初の目的を達したのだった。
九月六日。
上海、チャハル方面の戦乱にもかかわらず天津はいたって静かで、秋の訪れを示すコスモスが道端で花をつけはじめ、道行く人々の目をなごませていた。
チャハル方面の戦乱の影響で、熱河・北支産のアヘンの入荷が極端に細くなり、一時の流通過剰がいっきに解消した。当然ながら天津のアヘン窟ではアヘンの値段が暴騰した。
この日午後二時すぎ、里見は昼食をすませて庸報に戻った。
その直後秘書の坂本が、妙な表情を浮かべて社長室に入ってきた。
「社長、伊達さんという方がお越しですが」
「伊達?どこの伊達だ」
「それが--例の伊達さんです」
いつもは用件を的確に言う坂本にしては、奇妙ともいえる物の言い方だった。
「なんだ、その、例の伊達さんというのは」
けげんそうに問い返す里見に、坂本はやや薄くなった自分の額のはえぎわをぴしゃりとたたいて苦笑した。
「うまく説明ができなくて、申し訳ありません。そのう--馬賊の伊達さんです」
P211「なにい?--ああ、あいつか」
坂本につられて、里見も思わず笑いだしながら頷いた。
「伊達が天津に戻ってきているのか。どういう風の吹き回しだい」
馬賊の伊達順之助ならよく知っている。満州時代、何度も顔を合わせている。天津に来てからも、奇妙な事件の当事者として取材する機会があった。
昨年すなわち昭和十一年四月半ば。
天津の繁華街のひとつ曙街に、『亜細亜会館』というキャバレーがある。
その日の八時ごろ、このキャバレーの二階のホールで、和服姿の女給が、頭にリンゴをのせて壁際に立っていた。
彼女の位置から三間(約五・四メートル)ほど離れた客席に、支那服姿の大柄な男がどっかりと座って、右手を前方に突き出していた。
彼の手には、アメリカ・コルト社製のリボルバー式拳銃が握られていた。
伊達は、渤海を中心に活動していた海賊の江連力一郎とならんで、当代無比の拳銃使いとして知られている。
百発百中と言われるその腕前を信じているその女給は、恐怖の色などまったくみせず、にこやかに微笑みながら、伊達を見つめていた。
まわりに座っている伊達の取り巻きや女給たちも、陽気にかけ声をかけるだけで、制止する者など誰もいなかった。伊達が引き金を引き絞ろうとした時、新たな客がホールに入ってきた。
P212客の男は、その場の状況を見て、一瞬立ちすくんだ。だが、剛毅な性格の男だったらしく、いきなり、
「貴様、何をするか!」
と叫びながら、伊達に飛びついた。同時に銃声が鳴りひびき、女給の額にぽつんと丸い穴があいた。
次の瞬間、わが身に何が起こったかすら知るいとまもなく、顔に微笑みを張りつけたまま女給はその場に崩れ落ちた。
本来ならば、軽くても過失致死罪に問われるはずなのに、伊達の罪は問われなかった。いつもはこの手の事件を、日本の対支政策と結びつけ、激烈な論陣を張る国民政府系欧米系の新聞やラジオも、同じ日本人同士の事件ということで、めだった反応を示さなかった。
無罪になった伊達は古巣の満州に帰り、以後消息が途絶えていたのである。
その伊達が、突然姿を現した。何事だろうと思いつつ、里見は坂本に、伊達を社長室に通すよう指示した。
「いやあ、李鳴大人」
部屋に入ってくるなり、伊達は里見に呼びかけ、魁偉な容貌の満面の笑みを浮かべながら手を伸ばしてきた。
「しばらくご無沙汰をしておりましたが、かわらずお元気の様子、欣快至極に存じます」
六尺豊の分厚い体躯をゆすりながらそう言って、伊達は里見の手を強く握った。
「いや、あなたもお元気でなによりです」
P213何をしでかすかわからない相手なので、里見も愛想笑いを浮かべながら、あたりさわりのない言葉で応対した。
満洲の荒野に跳梁する馬賊の中でも、いまや伝説的な存在になっている伊達順之助の経歴については諸説紛々で、あらゆる方面に情報網を構築している里見でさえ、正確にはその正体を把握出来ていない。
仙台藩伊達家の分家で、伊予の宇和島藩伊達宗陳の次男であるという説もあれば、同じ伊達家の分家で、岩手の水沢藩伊達宗敦の三男であるという説もある。
そのあたりを本人はいっさい明らかにしていないので、出生にまつわる謎は深まるばかりである。
育ちについても、明治三十七年に東京の麻布中学卒業という説をはじめ、学習院、慶應義塾、立教中学、陸軍幼年学校、海城中学などにいたという説が錯綜している。
まちがいないのは、明治三十八年から九年にかけて、麻布中学に在籍したことだけだ。
その後、明治四十一年に隅田川の川縁で喧嘩をし、人を殺したことから、日本を飛び出して満州に行った。
馬賊になったのは、九曜山という馬賊の親分と知り合ったことがきっかけだと言われているが、それにも異説がある。いずれにしても、自らの過去をまったく語らないことで、伝説が伝説を生み、身辺をいっそう謎めいたものにしている。
「なにか飲まれますか」
P214たいていのことには動じない里見も、こういう直情径行の単細胞型は苦手である。面倒が起きないように、機嫌よく引き取ってもらうにしくはないとばかりに、柔らかい対応をした。
「いや、最近は年のせいか、昼間から酒を飲むとろくなことがありません。どうぞおかまいなく」
伊達はそう言って大目玉を剥き、破顔一笑した。それから上体を前に乗り出すようにして、里見に話しかけてきた。
「実は今日、突然おじゃましたのは、時候の挨拶をかねて、もしかして協力出来ることがあるのではないかと思ったからです」
「伊達さんとわたしが協力、ですか」
「さよう。昨今の情勢は、里見さんとわたしが協力して、ことを動かすことを求めているように思います」
「具体的には、どういうことです」
「里見さん、東条閣下がとうとう動きましたな」
「え?--ああ、チャハル方面の作戦のことですか?」
「そうです。あれは。まさに満を持しての作戦ですな」
「満を持して、とおっしゃいますと」
伊達が言わんとするところは、なんとなくわかる。問題は、伊達がなぜそういう判断をするか、だ。
「いや、ことの性質上、慎重になられるのはわかります。ですが、わたしならだいじょうぶですよ」
P215「うむ」
「しばらく前に、満洲から岸信介さんと古海忠之さんが、こちらに見えたはずですが」
「ええ、見えました」
「その時、岸さんがおっしゃっていたはずですよ。チャハル方面におけるアヘン管理は、欠陥だらけだ、と」
「ちょっと待ってください」
伊達の話がいきなり核心に入ったので、里見はあわてて制止した。
「チャハル方面の、なんですって?」
「アヘンですよ。この時期東条さんがあらたに兵団を創設して、チャハルを攻略しようとする理由として、ほかに何があるというんです」
「しかし」
里見がなにか言おうとするのを、今度は伊達が手をあげて制止した。
「今回のチャハル侵攻は。岸さんと東条さんが組んで決行した、いわば予定の行動です。このままでは、チャハルから熱河方面にかけてのアヘン管理が、ほかの者の手に移ってしまう。そのために、先手を打ったのです」
「ほかの者とおっしゃいますが、誰のことです?」
「決まってるじゃありませんか。盧溝橋以降の北支方面軍の動きをごらんなさい。いっぽう、中支における上海派遣軍の動向も目が離せない。このままでは、チャハル、熱河のアヘン権益を、彼らに侵食されかねない。岸さんと東条さんは、満州の財政立て直しに必要な資金を、新参者に横取りされるのが嫌なんですよ」
P216まさに図星だった。里見はもちろん、東条がいかなる意図でチャハル攻略に踏み切ったかを知っている。しかしそれは、いわば極秘事項で、伊達のような馬賊の耳に入ってはならないはずの事柄であった。
なのに伊達は、正確に東条や岸の狙いを察知している。
「あなたらしくもない。そんなに慎重にならなくともだいじょうぶいです」
そう言って伊達は、さらに膝を乗り出した。
「聞き及ぶに、天津におけるアヘン管理の元締めはあなたなんだそうですね。そして今、天津は深刻なアヘン不足だとも聞いています。産地からの輸送に問題があるのだとか」
里見は黙然として伊達の顔を見つめつつ、返事をしなかった。どこかで、情報が筒抜けになっている。馬賊として伊達は胆力もあり、ひとかどの人物である。しかし、それとこれとは別問題だ。伊達はいったい、どこでこんな話を聞き込んだのだろう。
「いや、いちいち驚くことばかりですな。わたしは一介の新聞人で、アヘンの売買になど関与できる立場ではありませんよ。伊達さんは、どこでそんな話を聞かされたのですか?」
「この時期チャハルを攻撃すれば、おかしいと思わないほうがどうかしている。東条兵団の将校どもの間では公然の秘密です。皆、なぜ自分たちが激戦中の中支方面に派遣されず、突然チャハルを攻めることになったかについて、ほぼ正確に知っています。あなたの名前も彼らの口の端に上っています」
P217「どんな流言飛語が飛び交っているかはさておき、わたしは無関係です」
「いやいや。それで、わたしがおじゃました理由は、もうおわかりでしょう。輸送の護衛などで、お役に立てることがあるかな、と思ってのことです」
「伊達さん」
里見は上体をゆすって座り直した。
「先刻から申しあげているとおり、わたしはアヘン取引など無縁の男です。だから、そんなお話をされても、返事のしようがないのですよ」
「なるほど」
伊達の顔から笑いが消えた。
「ま、今日のところはこれで引き揚げます。しかし、いずれわたしの力が必要だと思われるはずですので、その時はよろしく」
そう言って伊達は腰をあげ、のしのしと部屋から出て行った。その後ろ姿を見送りながら、里見は腹の中でつぶやいた。
---伊藤順之助、落ちぶれたり。
十月になった。盧溝橋事件以来、日本軍は着々と支那各地を攻略した。しかし戦線が中支に飛び火してからは、蒋介石軍の頑強な抵抗に遭い、一進一退の状況が続いていた。
P218とりわけ上海周辺の戦況は厳しく、九月に入って以降は、北部閘北一帯の戦線を中心に膠着状態に陥っている。
十月一日朝、冷涼な風に吹かれながら街路を歩いて出勤したばかりの里見に、電話が入った。
「里見さん?影佐です」
よく響く太い声が、受話器からあふれてきた。
「影佐さん--おう、影佐禎昭大佐殿ですか」
「いや、ご無沙汰しています。お元気との知らせを耳にして、よろこんでおります」
影佐禎昭大佐は、陸軍の中でも有数の支那通として知られる人物だ。北京や南京で勤務した当時、何度か顔を合わせている。
「実はたってのお願いごとがあってご連絡しました。いきなりで恐縮ですが、大至急上海までお出まし願えませんか」
「それはかまいませんが、どういうご用でしょうか」
「それはお目にかかってからお話しします。では、十日ごろ、上海でお目にかかるということでいかがでしょう?」
影佐は常に物事を慎重に運ぶ軍人だと言われている。その影佐らしくない言い方だった。それ故里見は、これはよほどのことだと察しをつけた。このような緊急の呼び出しには慣れている。目先解決しなければならぬこともない。
P219「けっこうです」
「では、十日までに上海に着いて、『東和洋行』に投宿してください。連絡はこちらからいたします」
影佐は必要なことだけを手短に言うと、さっさと電話を切った。
影佐は支那通であると同時に、練達の情報将校として知られる。電話など、盗聴の危険のある通信手段を信用しない、彼らしい話しかただった。
---ひさしぶりの上海か、悪くないな。そろそろ盛文頤(相互参照)にも会っておいたほうがいい時期だし---
フランス租界の中心部にそびえる、壮麗な盛文頤の大邸宅を思い浮かべながら、里見はそうひとりごちた。盛文頤は、北京や天津など支那各地に別邸を構えているが、本拠地は上海のフランス租界にある。
影佐禎昭大佐は、明治二十六年(一八九三)三月、広島県に生まれた、陸軍士官学校、陸軍大学を経て、おもに砲兵畑を歩んできた。
砲兵学校は、後に情報畑に転ずることが多い。影佐も例外ではなく、参謀本部作戦課勤務あたりから、情報関係の任務にたずさわりはじめた。現在は、参謀本部支那課長の任にあり、対支作戦全般に目を配っている。
ひょろりと痩せた長身の体躯、太い黒縁の眼鏡という風貌は、軍服を脱いでしまえば、軍人というより学者といったほうがふさわしい感じの男である。考え方も軍人にしては合理的で、力ずくで支那の支配地域を広げようとする武藤章中支方面軍参謀復調らとは、鋭く対立していた。
P220その影佐禎昭大佐からの電話で、ひさしぶりに上海に行くことになった。里見は天津が嫌いではない。目の前に広がる渤海湾の彼方には生まれ故郷の九州がある。日本租界にいるかぎりは、ほとんど内地にいるのと変わらない生活が出来る。
二度にわたる長期滞在で、街の雰囲気にもすっかりなじんだ。だが、青春時代を過ごした上海は、やはり別格である。母校の東亜同文書院をはじめとして、懐かしい場所がたくさんあり、心を許せる友人も多い。
十月九日昼すぎ。
里見を乗せた東亜海運の大洋丸は、揚子江支流の黄埔江を通り、今しも上海埠頭に接近しつつあった。
なつかしいバンドの高層ビル街が、目の前に展開している。
二十年以上も昔、東亜同文書院入学のため、長崎からやってきた際、この風景をはじめて目にした時には、度肝を抜かれた。東京を大都会だと思っていたが、とてもじゃないがくらべものにならない。
ロンドンやニューヨークなど、欧米の大都会にも匹敵する都市だと聞いてはいた。しかし、船上から見る上海の光景は、その想像をはるかに上回る、壮麗きわまりないものであった。
P221以来何度も、同じ風景を目にしている。なのに、いつも同じような讃嘆の気持ちが湧いてくる。
---この街は、ほかの街とは違う。なにかこう、魔性のようなものが住んでいて、それが人々を引きつけるのかもしれない。
そんなことを思いながら、里見は飽きずに船上からの眺めを楽しんだ。
やがて船が接岸した。岸壁を右往左往する苦力たちが発する、響きの強い上海語を聞きながら、里見は黄包車を雇って、共同租界の北側にある日本人街、虹口に向かった。
「東和洋行に行ってくれ」
ひさしぶりに使う上海語である。車夫が振り向いて、
「だんな、日本人だろ?」
という。頷くと、
「上海語がうまいね。ずっとこっちにいるのか」
「いや、旅の者だ」
「軍人さんかい」
東和洋行は、将校クラスの軍人が常宿にしているホテルだ。車夫はそうした事情にくわしいらしい。警戒しつつ、里見は首を横に振った。
「俺は軍人じゃない。商売人だよ」
「ふうん」
P222車夫は、それ以上里見の身元を詮索しなかった。里見が警戒したのには理由がある。
約三ヵ月前に発生した盧溝橋事件以来、日本人に対するテロが激増した。その大半は、蒋介石の懐刀と言われる軍事委員会調査統計局、略して軍統の第二処長載笠配下の工作員のしわざである。
軍統の構成員は真っ青な長衣に身を包んでいるので、この組織は藍衣社の別称で呼ばれることが多い。
藍衣社の工作員は、さまざまな職業の者に姿を変えて、上海に潜入してくる。とりわけ多いのが黄包車を引く車夫だと言われる。
車夫に変装して車を引きながら、かねてより目をつけていた日本の軍人や特務工作員などが乗り込むのを待つ。
いざターゲットを乗せると、タイミングを見計らってやおら振り向き、至近距離から拳銃を発射して相手を暗殺する。
この手口でやられた日本人や、日本軍への協力者たちの数が急増している。
そうしたことを耳にしているので、里見はなにかあったラすぐに対応出来るよう身構えながら、車に乗っていた。しかし、黄包車は何事もなく走り続け、見覚えのある虹口のメインストリート、北四川路に入った。
東亜同文書院がある滬西やフランス租界、あるいは共同租界の中枢南京路とはまるでちがう、あたかも日本の都市のような風景が目の前に広がっている。やがて前方に、七階建ての東和洋行が見えてきた。
P223東和洋行は、上海における日本陸軍御用達宿泊施設的な存在のホテルである。午後三時前、黄包車から降りてトランクを手にロビー内に入って行った里見の目に飛び込んできたのは、軍服姿の陸軍将校たちの姿だった。
東和洋行は、日本租界の虹口サイドでは、屈指のホテルのひとつであるが、バンドに軒を並べる英国系のサッスーン財閥系のキャセイホテルやパレスホテル、フランス租界のフレンチクラブなどにくらべると垢抜けせず、豪華さの点で見劣りがするのはしかたがない。
しかし、ここまで軍人が幅をきかせていると、ホテルというより将校クラブのような感じである。
フロントで鍵を受け取り、エレベーターで五階の部屋に入った。窓を開くと、秋風とともに街の喧騒が入り込んできた。眼下に虹口の街並みが広がっている。二十年前、東亜同文書院の学生として上海で過ごした当時、毎日のように遊び回った街である。
小さな建物がひしめく中を、一筋の川が流れているのが、切れ切れに見える。
--あの川にかかっているのが、横浜橋だ。それを渡った右側に、なんとかいうナイトクラブがあったな。
当時はもちろん学生である。学生の分際でナイトクラブに出入りすることなど出来るはずもなかった。もっぱら里見らが通い詰めたのは、そのクラブの斜め前にあった小料理屋である。
夕刻早めにその店に行くと、これからクラブに出勤するらしいお姐さんたちが、脂粉の匂いをまき散らしながら夕食をかき込んでいた。
さらに遠くに見えるウナギの寝床のような白っぽい大きなビルは、海軍特別陸戦隊本部だろう。
P224そういえば入籍こそしなかったが、妻同様の存在だったお喜代が働いていたのは、この近くにある『六三亭』という高級料亭だった。
--あんたが一人前になるまで待つわ。お喜代がそう言って里見のもとを去ってから、すでに二十年以上になる。
どこでどうしているのか。まだ上海にいるのだろうか。いや、もういないだろう。気立てのいい女だもの、誰かいい人といっしょになって、どこかで幸せに暮らしているに違いない--。
「入っていいですかな」
突然背後から太い声で呼びかけられて、めずらしく感傷にひたっていた里見は、我に返った。
振り向くと、半開きになったドアの脇に、軍服姿の痩せた長身の男が立っていた。
「や、影佐さん」
里見は驚いて窓際から離れた。
「約束より一日早いのに、突然押しかけてすみません。わたしも昨日上海に着いて、ここに投宿したばかりです。受付で聞いたら、今しがたあなたが到着したということだったので、とりあえずご挨拶でも、と思いましてね」
笑いながらそう言って、影佐禎昭大佐は黒い太縁の眼鏡を光らせながら部屋の中に入ってきた。影佐は窓際におかれている籐椅子に腰を下ろすと、ポケットから煙草を取り出してくわえた。
P225上海のアメリカ煙草が製造、販売している、ルビークィンだった。
「あなたもいかがですか」
影佐が差し出したルビークィンを、里見は手を振って辞退した。
「ここのところ吸いすぎなので」
酒を飲まない分、里見はヘビースモーカーだ。一日七、八十本は吸ってしまう。
「そうですか。では、わたしだけ遠慮なく」
影佐はそう言って、煙草に火をつけ、天井にむかってうまそうに煙を吹き上げた。
「ところで」
開け放たれた窓から、自分が吐き出した煙が、上海の上空に流れ出ていくのを目で追っていた影佐が、おもむろに口を開いた。
「近々わたしは、現在と立場が少々変わることになりました」
「栄転なさるのですか?」
という里見の質問に、影佐はにやりと笑って首を横に振った。
「いや、栄転ではありません。あえていえばわたし自身のごり押し異動です」
「あなた自身のごり押し異動?」
けげんそうに聞き返す里見の顔を見て、影佐は笑いを大きくした。
「そうです。わたしはほかの部署の連中が、参本には第七課つまり支那課--これまでわたしが担当していた部署ですが---があるのに、なんでまた別の部署を作らなければいかんのか。屋上屋を架すとはまさにこのことだと、その設置に大反対した部署の責任者になります。
P226新設の参本第八課、別名謀略課の課長です。第八課すなわち謀略課は、支那専門の情報工作組織です。反対している連中が言っているとおり、これはわたしがごり押しした結果、文字通り屋上屋を架すような形で誕生します」
参本謀略課ですか?」
たいていのことには動じないと自任している里見も、これには驚いた。参謀本部には欧米課やロシア課など、それぞれ特定の地域を担当する部署があり、課別に情報班を置いて活動している。その点においては支那課も変わるところがない。
ところが影佐は、支那課とは別に支那を対象とする情報工作組織を作り、自らその責任者に収まるのだという。なまじ軍の内情に通じているだけに、それがどんな軋轢と摩擦を生みだしているかは、容易に想像できる。
「そんなことが、よくやれましたね」
「時代の要請ですよ」
あきれ顔の里見に、影佐はこともなげにそう答えた。
「さては、何かをたくらんでおられますね。さもなきゃそんな無茶をなさるはずがない」
これまで影佐とは、そんなに深いつきあいはない。陸軍有数の支那通として、また軍人にはめずらしく、融通無碍な物の考え方が出来る男としての評判は耳にしているものの、肝胆相照らす仲というには程遠い。
影佐が自分について知っていることも、同じ程度だろう。
その影佐が、まだ発足もしていない新しい部署について、世間話をするような調子で話している。どういうつもりなのか。
P227「もちろん、たくらみがあってのことです」
影佐は機嫌よくそう言ってから急に真顔になり、
「里見さん、あなたは当然、九月四日に張家口に設立された察南自治政府が、いかなる性格のものかご存じですね」
と聞いてきた。里見は一瞬の間をおいて、小さく頷いた。察南自治政府は、張家口一帯の十県一万六千四百平方キロメートルの土地と、そこに住む住民百四十五万人を管理下においている。
最高顧問は満州国間島省長の金井章次、最高委員には同じく満州国于品卿、杜運宇が就任した。背後にいるのは、当然ながら関東軍である。
「同じような自治政府で、晋北自治政府なるものが近く、山西省大同に設立されます。さらに綏遠にも蒙古連盟自治政府が出来ます。いずれも関東軍の肝煎りです」
「そして、共通の合言葉はアヘン。そういうことですな」
里見が顎を撫でながら言うのに、影佐は深い溜め息をついただけで返事をしなかった。
それから、声を低めて、
「これは極秘だが、現在進行中の南京攻略作戦が成功した時点で、間髪をいれずに北支方面軍は、北京に中華民国臨時政府を設立する段取りになっています。この臨時政府は、関東軍が設立した察南、晋北、蒙古の各自治政府を併合するすることがすでに、すでに決まっています」
「そいつはえらいことだ。ただごとではないですよ。蜂の巣をつついたような騒ぎになること必定だ」
P228「そのとおりです」
影佐がまたにやりと笑って言った。
「関東軍が絶対に黙っていません。せっかく自分たちが開拓した資金供給源を、併合という形で横取りされるのですから。まかりまちがうと関東軍と北支方面軍の、内輪もめという事態すら惹起しかねない。加えて」
影佐はにこやかに笑いを張りつけたまま、新たな煙草に火をつけた。
「こともあろうに、この利権争いに、もう一組割って入ろうとしている者がいる」
「それは、誰です?」
「わたしですよ」
「なんですと」
あまりにあけすけな影佐の話しぶりに、里見は毒気を抜かれて絶句した。
関東軍と北支方面軍の、熱河省から内蒙古一帯、いわゆる蒙彊を舞台にしたアヘン争奪戦は、これまでも手を替え品を替え繰り返されてきた。いましがた影佐が言った、察南、晋北、蒙古各自治政府を、中華民国臨時政府に併合するなどという案は、まさにその延長線上の話だ。
しかし、そこに参本支那課長、いや、近々新設の謀略課なるすさまじい名称を持つ部署の責任者となる影佐禎昭大佐が割り込もうとすると、事態はいっそう複雑になる。
現地部隊同士の権益争いに、内地の参謀本部が割り込むことになるからだ。
「そいつはただごとではない」
P229里見はまた、同じせりふを繰り返した。
ほんとうに、ただごとではない。今までのアヘン争奪戦は、実際の戦闘にたとえれば局地戦だ。だが、参本がそれに嚙むとなると、日本軍同士の全面戦争になる。
「よけいなことを言うようですが、影佐さんのその案は、わたしはあまりいい考えとは思えませんね」
里見は、何度も顔を出しては、力を貸してくれと言って頭を下げた、満州の高官たちの顔を思い浮かべながらそう言った。
板垣征四郎、土肥原賢二、岸信介、古海忠之---。
ふだん、めったなことでは人に頭を下げることなどしない面々が、満州の財政を支えるためだと言って、里見の前で叩頭を繰り返した。いったは引き受けたものの、日本軍内部の事情を見抜いた青幇側の躊躇にあって、幸いにしてと言っていいのだろうが、本格的に介入せずにすんだ。その後岸らが要請を蒸し返したが、断固として断った。
だから里見は安心して、一介のジャーナリストとして傍観者的なせりふを吐いた。
そんな里見をちらりと見やって、影佐が言った。
「たしかに、無謀な考えのように見えるでしょうな。しかしながら、あなたなら出来る」
「なんだって?」
だしぬけに話が飛躍した。遠い銃声に耳を傾けていたところ、いきなり流れ弾に直撃されたような気分だった。
板垣や岸が自分に対して言ったことを、今度は参本における支那対策の責任者に就任したと言ったばかりの、影佐が言いだした。
P230「わたしに、参本の意を受けて、関東軍と北支方面軍のアヘン争奪戦に割り込め、と言われるんですか」
「いや、そうは言っていません」
「しかし、今までの話の流れからすれば、そういうことになるでしょうが。あなたがおっしゃっていた頼みとはそのことなのですか。ならば、お断りします」
気色ばんだ里見を、影佐は穏やかに見返した。
「まあまあ、もう少しわたしの話を聞いてください」
そう言って影佐は、ゆったりとした物腰でまた煙草に火をつけた。この男、そんなに吸ってだいじょうぶなのか。煙草の吸いすぎと勃起障害との関係を説明しちぇや老化---。
自分のことは棚に上げ、腹立ちまぎれにそんなことを思いつつ、口をへの字に結んだ里見に、影佐が静かな口調でたたみかけた。
「これまでお話したことは、すべて極秘事項ばかりです。それをすべてぶちまけたわたしの心意気を買ってくださいよ。あなたが信用出来る方でなければ、わたしは即刻軍法会議行きです」
「わたしが聞きたいとおねがいしたことではない。あなたが勝手にしゃべったのですよ」
「そのとおり。ついでにもうひとつ、勝手にしゃべります。先程も言ったように、北支方面軍は南京攻略後、北京に中華民国臨時政府を作ろうとしていますが、そんなことをしても、うまくいくはずがない。第一、支那の民衆の信頼が得られません。わたしは別の計画を持っています」
P231ここまで一息に言ってから、影佐はわずかに考え込んだ。この先、今までのような調子で話していいものかどうか、迷っている様子が見えた。がすぐに、意を決したように口を開いた。
「前々からわたしどもは、国民政府の中にいる日支和平派に注目してきました。蒋介石は徹底抗戦を唱えて戦ってきましたが、その結果支那の領土はおびただしく荒廃しました。
たとえば、ここ上海周辺の戦闘のひとつとってもそうです。九月に入って以降、閘北から呉淞方面にかけての戦線は膠着状態に陥り、一進一退の状況が続いています。
その間、双方におびただしい戦死者が出、戦場になった町や村は壊滅状態になっています。こうなると、こんな泥沼の戦いをいつまでも続けていいものか、という厭戦気分が出てくるのはある意味で当然のことです。
とりわけ支那側にそれは顕著でしょう。---さらなる荒廃を招く戦争ははもうやめよう。日支間でいったん和議を結び、紛争の原因になっているさまざまな案件は、よろしく交渉によって解決しよう---一口で言って、蒋介石政府内の和平派の主張はそういうことです」
「あなたがおっしゃっているのは、汪兆銘らのことですね」
里美の問い掛けに、影佐が黙って頷いた。汪兆銘は国民政府内で蒋介石と勢力を二分する実力者で、抗戦救国を主張する蒋介石に対し、和平救国を旗印に、
「一面抵抗、一面交渉」
というスローガンを唱えて、交渉を通じての停戦和平を叫び続けている。
P232「わたしたちのめざすところは、汪兆銘らを側面から支援して、和平救国路線による日支和平の達成にあります。そのためには莫大な秘密資金が必要です」
「ゆえに、アヘン。そういうことですな。ほかの人々も、内容こそちがえ、みな同じようなことを言っていますよ」
「それはそうでしょう。しかし、わたしどもがほかの連中とちがうところは、自分たちにつごうのいい傀儡政権を作って支那を統治しようというのではなく、国民政府そのものと交渉しようとしていることです。この点をわかっていただきたいのです」
里見は腕を組んで考え込んだ。追い撃ちを掛けるように、影佐が続けた。
「そこでアヘン、というのは、まさにあなたがおっしゃったとおりですが、実のところわれわれは、蒙彊アヘンの争奪戦に加わるつもりはありません」
「えっ?」
「われわれがあなたにお願いしたいのは、蒙彊以外の所で生産されるアヘンの取り扱いです。ただしこれについては、北支や満州方面の連中に介入されたくない。蒙彊に割り込むのではなく、われわれ独自のブツをわれわれだけで取り扱いたいのです」
「蒙彊以外のアヘンとは、どういう筋の物なのですか」
影佐は、またしばらく口をつぐんだ。今度は長なかった。やがてぽつりと、
「あなたが引き受けてくれると言ってくだされば言います。これは日支の将来を左右する作戦です。関東軍がどうの、北支方面軍がどうのという話とは次元がちがう」
里見はまた、黙った。板垣や岸らの話とは確かにスケールがちがう。満州の財政補填だとか、P233北支方面軍の機密費捻出などというレベルの話ではなさそうだ。
蒋介石政権内の和平派と組んで、泥沼化しつつある日支戦争の終結をはかる。そのための工作資金が必要だと、影佐は言っている。
そして扱うアヘンは、関東軍や北支方面軍と利権争いせずにすむ、蒙彊産以外のアヘンだという。
---この学者のような軍人は、以前自分が、なぜアヘン取引に嫌気がさしたかを正確に見抜いたうえで、説得しにかかっている。さすが謀略畑の俊英と言われるだけのことはある---。
妙なところで感心している里見の気持ちを見抜いたかのように、影佐が声をかけた。
「里見さん。何百万、いや、日支合わせれば億単位の人間の運命がかかっています。日支和平という大義の前に、誰かが泥をかぶらなければいけません。うんと言ってください。わたしは最後まであなたと運命を共にしますから」
里見は顔を上げて影佐の顔を見た。太い黒縁の眼鏡の奥の目が、じっと見返してきた。数秒後、里見は持ち前の太い声をいっそう太くして、腹の底から絞り出すような言い方で答えた。
「やりましょう」
「かならずそう言っていただけると思っていました」
小さなため息をひとつついて、影佐が静かに言った。そして、淡々とした口調で言葉を継いだ。
「扱っていただくのペルシャアヘンです。これまでの蒙彊物より、取り扱う量がケタちがいに多くなります」
P234「量の多い少ないは問題ではありません。わたしにとってはどうでもいいことです」
「それを聞いて安堵しました。お話してよかった」
開け放たれた窓の外に、いつの間にか夕闇が迫っていた。
「おや、もうこんな時刻ですか。今日は挨拶だけにして、本題は明日にでも食事などしながらお願いしようと思っていたのに、必要なことは全部しゃべってしまいました。今から仕事抜きで食事にでもいきますか」
「いいですな」
影佐が手配してくれてあった六三亭で夕食を取った。六三亭のたたずまいは以前とまったくかわっていなかった。東亜同文書院生だった当時、お喜代とめぐりあったのはこの料亭でのことだった。
食事中、里見と影佐にかしずいてくれたのは、お喜代とは似ても似つかぬ若い芸者だった。里見は、お喜代の消息を尋ねたい衝動にかられたが、辛うじてそれを抑えきった。
いまさら彼女の消息を聞いてどうする。そう自分に言い聞かせて、ほろ苦い思いとともに、目の前の料理を胃袋に送り込んだのだった。食事を終え、茶を飲んでいる時に、影佐がさりげなく言った。
「先程の話に関連してですが、一度盛文頤氏に会わせてくれませんか?」
そういう影佐を見やって、里見が薄く笑って言った。
「さすがですな。押さえるべきところをすべて心得たうえで、わたしに話を持ってこられたんですな。いいでしょう。明日中に連絡を取って、向こうの都合を聞いてみます」
P235「そうして下さると助かります。盛文頤と面会する時に、わたしの同僚の楠本大佐を同道させたいので、その旨も先方に伝えて下さるとありがたい」
この影佐の言葉で、この夜の会話は終わった。
(略)
P242そういう盛文頤は、里見よりふたつ年下である。なのに、積年のアヘン吸引の影響か、もともと小柄だった身体がさらにひとまわり小さくなり、しぼんだような風体になっている。
もちろん里見は、そんな印象を受けていることなど微塵も感じさせない口ぶりで、
「わたしより、大人のほうがより若返っているようにお見受けする。なにか若返りの特効薬でもあるのなら、教えてください」
と応じた。実際、動作こそ緩慢であるものの、盛文頤の顔色はよく、体調は悪くなさそうだった。里見はそのわけを知っている。
以前、盛文頤自身がこんなことを言っていた。
「アヘンは身体によくないという者が多いが、それはまちがいです。きちんとした対応措置を取れば、悪影響なしに楽しむことができるんですよ」
きちんとした対応なるものについて、以前里見は盛文頤から聞いた記憶がある。
---アヘンの副作用を消してしまう、いい薬があるのです。
盛文頤の説明によれば、ある種の漢方薬を飲むことで、アヘンの毒を消すことが出来るのだという。
支那の要人でアヘンをたしなむ者は少なくない。張作霖の子息張学良は、かつて重度のアヘン常習者だった。青幇の領袖杜月笙は、現在も日々アヘンを吸引しているという。
それが通常のアヘン常習者のように廃人にならないのは、特別に調合された漢方薬を服用しているからだ、というのだ(tw,tw)。
里見と影佐、楠本は、居間に隣接した食堂に案内された。食堂も優に三十畳以上の面積で、P243小さなパーティーを開催出来るほどの広さを持っていた。
雑談をしながら食事をすませた後、居間に戻って、茶を飲みながら本題に入った。
影佐の話をひととおり聞いた盛文頤は、あたかも独り言をつぶやいているよな調子で言った。
「ペルシャアヘンの取り扱いを、李鳴大人に任せるというのは、実にいいアイデアだと思います。私利私欲を捨てて、アヘン取引が生み出す巨大な利益を管理出来るのは、日本側では李鳴大人しかいない。そして、支那側ではわたしです。わたしは金に不自由していないから、アヘンで金を儲ける必要がない」
そう前置きした後、盛文頤は、
「ただし、この話を進めるにあたっては条件があります。これが満たされなければ、わたしはこの仕事をお引き受け出来ない。ということは、わたしを通じて商品をさばこうとしている李鳴大人も引き受けないということです」
「その条件というのは?」
楠本が、小柄な盛文頤を見据えるようにして問いかけた。
「取り扱い窓口の一本化。これは絶対条件だ」
強い口調でそう言ってから、盛文頤は、なぜ一本化が絶対条件かを説明した。
「われわれは、以前天津で蒙彊アヘン、熱河アヘンを取り扱った時、大きな過ちを犯しました。窓口が複数だったおかげで、市場の統制が行き届かず、値崩れと暴騰を繰り返した。あれでは関係者全員が迷惑するだけだ。もちろん使用者も」
P244里見は、ふだんは蒼白い顔を紅潮させて熱弁をふるう盛文頤を、無言のまま見守っていた。まさに以心伝心、里見が言おうとしていたことを、盛文頤が直截な形で言ってくれている。
---さすが、右足を表社会、左足を裏社会において商売してきた男だ。
「ことさらに一本化を強調されるところをみると、盛文頤さんの情報網に、なにかひっかかっているんですか?」
影佐の問いに、盛文頤はにやりと笑って首を横に振った。
「いや、そういうことではありません。わたしはただ、天津で味わったような苦い思いをしたくないだけです」
それから急に笑いをひっこめて凄味のある表情になり、影佐と楠本を均等に見ながらつけ加えた。
「将来、仮にそういう動きがあった場合、わたしの裁量でそれを叩き潰してもいいですかな」
影佐が即座に首を縦に振った。
「もちろん。われわれも仁義は守ります。なあ、楠本さん」
楠本も無言のまま小さく頷いた。
「けっこう。この話に乗りましょう。それはそれとして、上海周辺の修羅場は、いいかげんになんとかなりませんかね」
盛文頤の言う修羅場とは、八月十三日に戦闘が勃発した後、日支両軍のすさまじい消耗戦となり、現在は膠着状態に陥っている上海周辺での戦いのことである。
この局地戦を日本側では第二次上海事変、蒋介石側では淞滬会戦と称している(相互参照、『血戦長空』07話)。
P245日本軍を指揮するのは中支方面軍司令官を兼ねる上海派遣軍司令官松井石根、蒋介石軍側の第三戦区総司令官は当初馮玉祥が指揮していたが、九月に入って蒋介石自らが総司令官に収まっての総力戦となった。
(随時更新)