2019年4月30日火曜日

偏愛メモ『赤い盾』3.6 地中海クラブ P549-585

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P552 カミュは第二次世界大戦後、新聞を創刊してフランスの金銭社会に痛撃を食わせた。これまでのように金がもを言うフランスであるなら、自分たちには人間としての責務が果たせない、と挑戦状を叩きつけた。しかしカミュの不条理の哲学は、これもまたフランスの一文化としてブルジョワに逆利用されたにすぎなかったようである。アルジェリア戦争が燃えさかる一九六○年、カミュは若くしてこの世を去ってしまった。(略)

フランスによるアルジェリア侵略がはじまったのは、今かP553ら百六十年ほど前の一八三〇年で、フランス革命で断頭台の露と消えたルイ十六世とマリー・アントワネット夫妻の弟シャルル十世が亡命していた時代であった。フランス銀行が独裁的な金融支配を成し遂げようとする歴史の前夜に当たり、誰かがこの侵略を国王に入れ知恵したと推測される。

シャルルが再び国王の独裁政治をはじめたため民衆が怒り、その憤激を海外に向けさせるためにアルジェリア侵略がおこなわれた、というのが通説となっているが、派兵されたフランス軍の資金八千万フランの大金を調達したのが、鉄道王ジェームズ・ロスチャイルドであったという事実を歴史の教科書は明記すべきであろう(tw)。

しかも派兵の半年前以上も前に、そのための公債発行をジェームズが引き受けていた。夏には七月革命が勃発して国王が交代したとき、ジェームズは逃げたシャルルがいつ戻ってくるかも知れないので丁寧に謝礼を支払っておき、そのうえ親王となったルイ・フィリップにはすでに大金を貸し付けてきた仲であったであったため、誰が国王になろうとヴェルサイユ宮殿を思いのままに動かせるという用意周到さである。

こうして、現代でもアフリカ大陸で生産量四位を誇るアルジェリアの鉄鉱石に目をつけたジェームズは、息子のエドモンの家庭教師をしていたアルバート・コーエンを北アフリカに派遣し、資源を物色させたのである。結果は、重大な二つの歴史を生み出した。コーエンは帰宅すると、エドモンにパレスチナの旅がどれほど素晴らしいものであったかについて、魅惑的な口ぶりで語って聞かせた。

このエドモンが成長して、のちに子供時代に聞いた夢を"イスラエル建国の資金提供"という大問題にまで発展させ、本当にユダヤ人の国を創ってしまったのである。もうひとつが、それに敵対するイスラムの国、アルジェリアを侵略するという歴史を生み出した。
 一八四ニ年...アルジェリアがフランスの直轄領となる。大地主が現地の穀物生産を支配
 一八四八年...二月革命。フランス銀行の金融支配体制が、確立された
このふたつを併記してみると、二百家族がアルジェリアの大地主となり、穀物を支配したという歴史の推理が成り立つ。事実、トマトをぶつけられたモレ首相の場合、金庫を預かる経済担当の国務大臣は、穀物商社の金庫ルイ⁼ドレフュス銀行の頭取を二十年近くにわたってつとめたジャン・フィリッピその人であった。このフィリッピが、ミッテラン大統領選でパトロンとなった男である。

アルジェリアの大麦、ハード小麦、ソフト小麦、オート麦の生産は、今の世界では大したことないが、フランス侵略時代にはきわめて大きな意味を持っていたのである。これに対して食用油の生産では、「ルジュール社」がアルジェリアとモロッコで巨財を成し、今日フランス最大の食用油メーカーとなっている。

もうひとつの大産業が、一九世紀末から台頭してきた。P554言うまでもなく石油である。アルジェリアの現代の原油生産量は、かつての奴隷海岸ナイジェリア、カダフィー大佐のリビアに次いでアフリカ第三位である。しかし今日では、石油以上に注目されているのが天然ガスの埋蔵量で、実にソ連を除く世界で第一位のガス田ハッシ・ルメルを誇っているのがアルジェリアである。

地球上でベスト・テンのガス田のうち、六つまでをソ連が持ち、ことにオビ川とエニセイ川に挟まれた北極圏のシベリア地方のガス田は群を抜いて巨大である。金鉱、ダイヤ、石油、ガスの大資源に恵まれたソ連が一九八〇年代末に信じ難い経済破綻を起こした原因は、まったくの人為的なものであったことが分かる。

これに対してアルジェリアも、ベスト・テンのうち二つを占める金の卵である。ところがこのソ連とアルジェリアから敷かれたパイプラインが、いずれもパリとフランクフルトを目指す大動脈となって、ほとんどの資源が西ヨーロッパに吸い込まれている。

では鉄道王ジェームズの時代からあと、ヨーロッパの石油産業を現在でもロスチャイルドが握り、パイプラインのバルブを開閉しているのであろうか。すでに述べたように、ソ連のバクー油田が、十九世紀末には世界一であった。それをノーベル兄弟とロスチャイルドが支配したことは、誰もが常識のように知っている。

また一方では、ヨーロッパの三大石油会社と言えば、「ブリティッシュ・ペトロリアム」(通称BP)、「ロイヤル・ダッチ・シェル」(通称シェル)、「フランス石油(通称トタール)」だが、このうち、世に"セブン・シスターズ"と呼ばれる七大メジャー石油会社のなかに数えられているのは、イギリスのBPと、イギリス⁼オランダ連合のシェルだけで、フランスのトタールは入っていない。

残る五社は、すべてロックフェラーの育てたアメリカのエクソン、テキサコ、ソーカル、ガルフ、モービルである。フランス人だけが石油なしで今日の帝国を築きあげ、世界一の金塊を保有したとは考えられない。アルジェリア侵略とガスがどのような関係にあるのかを、われわれは何も知らされてこなかったのである。

アメリカ財閥論だけに耳を傾けてきたのが、戦後日本の半世紀だということは、書店や図書館を探しても、翻訳されたヨーロッパの最近の実業・財閥関係書がほとんどない事実から強く感じられる。出版社は、「出しても売れませんから」と言うが、それは実態を伝える内容ではなかったからであろう。

フランスの"世界一の企業"が数十社にも達することは、知られていない。一九八九年には、「フランスの世界一企業クラブ」という奇っ怪な組織が設立され、一九九〇年四月現在、八十五社が参加しているというのに。

このヨーロッパの金融メカニズムを知らずに、余った金を海外に投資しようと右往左往してきた日本人は、アメリカにゆけばアメリカ人という人種が存在し、それがウォール街を動かしているものと勘違いしているようだが、アメリカ人とP555呼べるのは、"インディアン"だけである。

しかし残念ながら、ウォール街の会頭は"インディアン"ではない。結局、ほとんどの合併・買収(M&A)をロスチャイルドの投資銀行家に託してきた。サロモン・ブラザース、レーマン・ブラザース、クーン・レーブ、ゴールドマン・ザックス、セリグマン、ハンブローズ、ヒル・サミュエル、モルガン・グレンフェル、ディロン・リード・・・

さて、ラザール・フレールとラザール・ブラザースは、日銀総裁の澄田智参照)を迎えて何を画策したのであろうか。以上のマーチャント・バンカーがすべて"赤い盾"一族の掌中に握られているなら、日本人の海外資産はそっくりロスチャイルド家の食卓にあがっているはずである。→『地球のゆくえ』P76(参照)

石油も同じように、イギリス人だけがBPとシェルによって莫大な石油利権を手に入れているのではなく、ロンドンの"ロスチャイルド家"が利益を手にして、ヨーロッパ全土の"ロスチャイルド家"に分配している。

つまり工業界をドイツ人の勤勉さに託し、金や石油などの資源の取引をイギリス伝統のシティーが管理し、地中海を中心とする総合的な流通メカニズムと軍事輸出・原子力帝国をフランスのオート・バンクが監視するというのが、それぞれの主な特質となっている。ただし主人はひとり、その名を実名で記録すると、次のような系図がまず完成する。

(系図47)

"ヨーロッパの石油成金"と名付けたこの系図47は、(略、系図の解説)

"二百家族"の系図44(12)では、世にユダヤ系と呼ばれ、その実は"赤い盾"の個人銀行家を総覧したが、ここでは逆に、非ユダヤ系の伝統的な個人銀行家が、そのロスチャイルドとどのようなファミリーを構成してきたか、というさらに興味深い寝室物語---十八世紀に書かれたピエール・ラクロのP558『危険な関係』をしのぐ世界を見ることになる。

(P558-)

プロの銀行家であれば必ず知っている「ミラボー銀行」、「ヴェルヌ銀行」、「ヌフリズ・シュルンベルジェ・マレ銀行」の創業ファミリーが見事に一族を形成し、フランス第三位の銀行「クレディ・リヨネ」の会長に、フランス銀行の理事から副総裁まで、すっかりロスチャイルドにてなづけられ、"五本の矢"の印がついた首輪をはめていたのである。

この図の知られざる世界は、一九九一年にわが国でも公開されたフランス映画の大作『シラノ・ド・ベルジュラック』の制作者が、全員揃っていたことである。主人公シラノは、原作者エドモン・ロスタンによって反骨精神に富んだ魅力あふれる剣豪として描かれたが、実在のシラノがどのような人物であったかは謎に包まれている。映画では金もうけを嫌う男、まことに痛快な活躍ぶり、しかも本書の主人公が登場するはるか前の時代を描いた物語であるから、安心して映画を楽しむことができる。

ところが映画を見終えたあとクレジットが流れ、その製作者たちの名前が次々と画面に登場してくるが、最大の出資者であろう、まずクレディ・リヨネという銀行名が出てくる(石油成金の系図にこの銀行の会長ブロソレットの名がある)。続いて製作会社アシェットの名前(アシェットは大手のメディア会社で、エドモン・ロスチャイルドの私有物であった)。そしてプロデューサーの名前ミシェル・セイドゥー(この人物はこれから登場するフランスの石油王シュルンベルジェ一族を母に持ち、フランスの長者番付で十指に数えられてきた)。

図のなかで、以上の三人はシラノの顔で示されている・・・というのが、金を嫌うシラノ・ド・ベルジュラックの物語、映画ファンは誰も気づかない最大のどんでん返しとなっていた。必見も名画である。

この系図は本書のなかで最も調査に苦労して完成したものであるが、この簡単な"同族の原理"が隠されていたのは、スイスとフランスのあいだに国境という人工的な線が引かれ、互いに資料がそこで消滅してしまうからである。両国をつなぐ資料を探し求めていたところ、不思議な書物が存在することを発見した。

『ジュネーブ出身家族の著名人系譜』と題する全七巻の大変な資料で、これをヨーロッパから取り寄せてなかを開くと、ドン・キホーテの時代から現代に至るまで、ただ人、人、人の名前だけが紙面を埋めつくし、親子代々が記録されていた。ジュネーブはスイスの中枢都市である。

そこにフランスの銀行家の名前があるに違いない、というのが推理であった。果たして当初の推理通り、その十万人の名前が答えてくれた。アルザス・ロレーヌ地方に流れるライン河と、その南のローヌ河からマルセーユの港、さらにそこから地中海を渡ってアルジェリアに侵略した歴史を、銀行家がすべて語り始めたのである。この系図の特徴は、上部の三ヵ所に星印★を付けたフランスの石油の支配者にある。

まず左中央に"シェル・フランス創業者"として、アレクサンドル・ドイッチの名がある。貝殻印のシェルは、イギリス・オランダ連合の会社と言われているが、実はその精製をフランス人ドイッチが受け持ち、今から一世紀以上を遡る一八八七年という昔からフランスに石油を供給してきた。『アルジェの戦い』と共に必見の傑作映画として挙げた『お熱いのがお好き』は、奇しくも石油の世界で結びついてしまったようである。

女性だけの音楽バンドでウクレレを弾くマリリン・モンローがトニー・カーティス、ジャック・レモンを巻き込んで繰りひろげたあの大喜劇。そのなかでの圧巻は、ジャック・レモンと大口ブラウンがくりひろげる男同士の恋愛だが、トニー・カーティスが海岸で「シェル石油」の御曹司になりすまし、貝ガラを抱えてモンローを口説くシーンも忘れ難いものであった。あの映画をさらに面白く見るためには、次のことを知っておかれるとよいであろう。

物語の最後に近くになって、「ベネズエラの石油事業のためつまらない女と政略結婚しなければならない」と偽ってモンローと別れるトニー・カーティスの台詞は、本書の系図そのままであった。ヨーロッパ富豪の系図をを描いてゆくと、まず政略結婚があり、次いで仲良く離婚して、別の結婚が待ち受けている。夫婦交換と違って、ブルジョワ世界では何世紀もの昔から事業成功の必要条件として、同じような習慣があった。

互いに夫婦をとり換えながら、次々と閨閥をひろげ、実質的には一家族への富の集中がおこなわれてきた。フランス語の資料では、これを表現するのに初婚とか再婚とか言わず、別の表現をする場合が多い。最初の寝台、二番目の寝台、三番目の寝台・・・と表現し、その相手は誰であった、という風にはっきり「寝台」と書くのである。

役所に届け出た結婚より寝台で数えたほうが合理的であることは、フランス王室における淫乱の歴史が何よりも雄弁に物語っているからだ。

トニー・カーティスが演じた「シェル」の一族は、フランスでは一九八六年の長者番付で年収第二位にランクされる別格の大富豪だが、長者のジョルジェット・ドイッチ自身が人名録にも出ていないという謎の一族で、この閨閥は実に底が深い。正式の姓をドイッチ=ド⁼ラ⁼ムルトと言うが、本書ではドイッチと略す。

フランス人ながらドイッチというこの姓は、フランスとドイツが奪い合ったアルザスから生まれたことに由来するが、一族の娘三人が嫁いだ先が、いずれも今日の大変な家族であった。ひとりは、スペインでロスチャイルド家の鉱山代理人をつとめていたワイスワイラー家と結婚したが、この一族が現代の原子力支配者として南ア・ナミビアに巣喰う「リオ・チント・ジンク」の実質的な創業ファミリーだったのである。

イベリア半島のワイスワイラー家がアルジェリアで果たした役割は、スペインとアルジェリアの距離を見れば分かる。つまりこの一族が「フランス・アルジェリア・ユダヤ教会」の管財人として、両国のロスチャイルドP560財閥の橋渡しをしてきた。この教会のパリ本部は、勿論アラン・ロスチャイルド会長によって運営されてきた。

もうひとりは"ロシアのロスチャイルド"グンツブルグ男爵家に嫁いだが、これは、「シェル」がロシアのバクー油田から出発したとき、グンツブルグ家の力でロシア皇帝に対する根回しをする必要があったためである。石油利権のための悲しむべき政略結婚であった。

ほんのしばらく、ヨーロッパの石油と自動車の開発史について正確な記録を残しておきたい。この記録から、数々の現代史に光を当てることができる。バクー油田の開発史は、次のようなものであった。すでに十九世紀後半の一八七五年、ロシアのカスピ海に臨むバクー油田は、ダイナマイト一族の三兄弟アルフレッド、ロベルト、ルートヴィッヒ・ノーベルによって利権が取得され、四年後には「ノーベル兄弟石油」が設立された。

バクーは、一九八○年代末にアルメニア地震が発生し他地域から至近の距離にあり、この大地震発生直前に起こっていたアルメニアの暴動は、アゼルバイジャンとの単純な民族問題だけでなく、百年前と同じように巨大な利権争奪の動きが、ペレストロイカと共に新たに発生した状況を示していた。

ノーベル兄弟が実用化した連続蒸留法によって、一八八三年二はバクー油田の生産が順調に開始され、この販売を一手に引き受けることになったのが、ほかならぬロスチャイルド家であった。この年、すでにアメリカ大陸では石油王ロックフェラーが全米の石油を手中に収め、スタンダード石油のほかには石油会社がない、と言われる一時代を形成していた。

一方ドイツ工業界は、ゴットリーブ・ダイムラーが自動車用のガソリン機関を発明し、カール・ベンツがこれに続いてガソリン・エンジンの発明に成功したのである。ドイツの時代が到来した。しかし石油の販売権は、パリのロスチャイルド家が握っていたのである。

ロスチャイルド家は「カスピ海・黒海会社」を一八八六年に設立して、本格的な石油投資を開始した。ヨーロッパは石油をめぐって激しい戦場となりはじめた。オランダ人アイルコ・ジルカーが「ロイヤル・ダッチ石油」を設立すれば、ロックフェラーが進出して「アングロ・アメリカン石油」を設立、ここにロスチャイルドの「サン石油」との戦いに突入し、販売合戦が展開された。

一八九五年には、遂にロックフェラー、ロスチャイルド、ノーベルの大同盟が結成されたが、それはあくまで表面上の休戦であって、この虚をついてヨーロッパを征服しようと目論んでいたのがアメリカの石油王であった。それが一八九九年、火を噴く戦いとなった。

ロックフェラーはドイツに投資を続け、「ドイツ・アメリカ石油」への資本参加、「ドイツ・ヴァキューム」(後年のドイツ・モービル石油)の設立などによって攻勢をかけ、これで優位に立ったと判断した時、P361得意のダンピング作戦に出たのである。明らかな協定違反であった。

これで本心から怒ったロスチャイルドは、相手に不足なしと見て、これを徹底的に叩きつぶすようヨーロッパ全土に指令を発した。たとえロックフェラーでも、ヨーロッパでは無理なのである。二十世紀に突入する前年、この戦いはロスチャイルド・ノーベル連合が勝利を告げて幕を閉じた。

これがヨーロッパの石油物語だが、以上の説明では、ロスチャイルドがなぜ販売合戦に勝ったかという具体的な経過が分からない。この世界を調べると、まことに面白い。今日一九九〇年代のヨーロッパの産業構造の骨組みが、この時に形成されたからである。

「シェル」の創業者はイギリスのユダヤ人マーカス・サミュエル(123)と言われ、石油業界で伝説的な人物となっている。しかしサミュエルひとりで世界一の油田を動かせるはずもなかった。世界的ジャーナリストであるアンソニー・サンプソンの著書『セブン・シスターズ』などは、このような特定の人物だけに光を当て、その背後で動いたロスチャイルドのことはまったく触れないという不思議な本である。隠すべき何かの理由があるのだろう。

マーカス・サミュエルがバクーから石油を運び出した時、その船が向かった先はスエズ運河であった。この運河を通ってサミュエルは石油をアジア、特にわが日本に向けて大量に輸送し、同時にその帰りの船で米の交易などもおこなった。父親が貝ガラ細工の輸入業者だったため、この船には貝ガラ(英語でshell)のマークを付け、社名を「貝ガラ輸送貿易」と名付けたのが事のはじまりとなった。イタリア・ルネッサンスの傑作ボッティチェリの"ヴィーナスの誕生"は、美の女神ヴィーナスが貝ガラから生まれた絵となっているが、同じ地中海の貝ガラから生まれたのが、バクー油田の貿易であった。

この「シェル」創業の伝説でそれほど注目されていないのが、マーカス・サミュエルの資金を出した人物、ロスチャイルドの正体である。実にバクー油田のパトロンとなったロスチャイルドは、イギリス家でなく、フランス銀行の理事アルフォンス・ロスチャイルドたち、パリの一族であった。さきほどの"石油成金"の系図47に示した通り、鉄道王ジェームズの息子に当たる。

マーカス・サミュエルはロンドンの商人だが、こうして現代はイギリスの会社と定義されている「シェル」の資本が、パリによってまかなわれたという点が重要である。さらにもうひとつ重要なことが石油業界で見落とされている。サミュエルはすでに上巻の系図10に「マーカス・サミュエル」商会の創業者として示した通りロスチャイルド家の一族だが、この貿易事業の成功によって「アングロ・ペルシャ石油」の重役室に入っていた。

この石油会社こそ、「アングロ・イラニアン石油」から

(P562-)

P562「ブリティッシュ石油」(BP)と名を変え、セブン・シスターズとして君臨するシェルのライバルである。実業界の通説がどのように仕組まれ、独占した一族の名を巧みに隠してきたかが、これでお分かりであろう。シェルとBPというヨーロッパの二大石油会社はライバルどころか、創業時代からすでにロスチャイルド家が両方の株を握り、そのうちかなりのものをフランスの"赤い盾"が保有していたことになる。

"石油成金"の系図に、すでに登場した「スエズ運河」社長ジャック・ジョルジュ⁼ピコを書き加えれば、この運河を通って石油を運んだシェル輸送貿易の歴史(関連)と見事に符合する。イギリスとフランスがエジプトを襲ったスエズ動乱の真因は、ここにあった。

かくしてシェル・フランス創業者ドイッチ家は、自らロスチャイルド家となり、フランス銀行の金庫とスエズ運河の堰を自由に開けたり閉じたりしながら、際限なく富を蓄える大財閥となった。これをスイス・ジュネーブ出の強欲な銀行家たちが指をくわえて眺めているはずもなく、ミラボー銀行、ヴェルヌ銀行、マレ銀行といった古典的ブルジョワが寄ってたかって嫁を差し出し、婿を選んで、あっという間に"一家族"になってしまった、というのが今日の成金貴族の出生である。これは、艶笑映画『青い牝馬』や『お熱いのがお好き』をしのぐ悲壮とも思われる財閥史。

ドイッチ家の三人目の娘が嫁いだ先は、さらに意味深く、いよいよこの物語の仕上げをする人物が登場した。マリー・ドイッチの結婚相手は、アンリ・ゴールデという男であった。この名前には、どこかで聞き覚えがある。『屋根の上のバイオリン弾き』で、貧しいユダヤ人農夫テヴィエの妻が、このゴールデという名前であった。

肉屋のラザールと、娘の結婚をめぐって大騒をするのだが、この作者、ゴールデとラザールという名前を選ぶのに、わざわざ飛び切りの大富豪の名前を拝借し、ユダヤ人の富豪は貧しいのです、と皮肉りたかったのであろうか。

ゴールデ家は、当初は何の感興も催さない姓として系図に登場してきたが、農夫テヴィエのおかげで気掛かりとなり、少々調べてみたところ驚いた。本来の姓をゴールドシュミットと言い、フランスに来て改名したわが一族だったのである。

そのゴールデと結婚したのが「クレディ・リヨネ」の会長であるから、図中にふたつ星★★で示したところが、石油業者と大銀行家の重要な寝室の儀式であった。重要とは、のちに登場するフリーメーソン(相互参照(1,2,3))の諜報活動が、この一族から誕生したのである。(フリーメイソン日本

"石油成金"の系図で、ドイッチ家と並んでもうひとつの世界的に重要なオイル・ファミリーがある。広大な砂漠や海底に石油を掘り当てる作業は、それほど容易ではない。この探査を業界では、油田検層と呼び、地質調査をおこなう専門業者が存在するが、その世界最大の企業が、ニューヨークにある。P363「シュルンベルジェ社」である。

一九八七年、「富士通」がアメリカの半導体メーカー、「フェアチャイルド」を買収しようとしたとき、親会社のシュルンベルジェが待ったをかけ、結局は合意を破棄するという日米経済摩擦の象徴的な事件が起こった。シュルンベルジェは世界的な石油シンジケートなので、このような事件のなかで国籍を定義してもさして意味はない。実質的に支配している一族が誰かと言えば、やはりアルザス・ロレーヌ地方の名門、その名もフランスのシュルンベルジェ家であった。

このファミリーの長者番付は、絶えずドイッチ家と争う最高位を上下しているが、"石油成金"の系図に示した通り、たとえば一九八四年から八五年にかけての順位では、二位、三位、四位、六位、八位、九位、十位、十四位、十九位、二十四位、四十六位と、"ベスト50"に十一人も一族が名前を連ねる豪華さである。

創業者であるコンラッドとマルセルのシュルンベルジェ兄弟は、今世紀初頭の一九一三年に、最初の地質物理学的手法を石油探査に導入し、十年後にはこれによって初めて大規模な油田を発見する快挙を成し遂げた。今日の石油世界に、新機軸を開いたのである。その大油田を発見したのが、一九八九年に独裁者チャウシェスクが処刑されたルーマニアであった。しかもその石油の支配者は、すでに一九〇八年にロスチャイルドが現地に設立していたシェル・ルーマニアであり、そこに死の商人ザハロフが投資するなど、ほとんど"赤い盾"で構成されるファミリーが利権を分配し合った。そのためシュルンベルジェ家の栄光の歴史は、初めからロスチャイルド一族と軌を一にしてきたのである。

詩人ハイネ(相互参照tw)が、ブルジョワの代表者ギゾー首相から秘かに年金を貰っていたことが発覚し、フランスで大きな問題となったことがあった。このギゾーの曾孫が、石油探査王シュルンベルジェ兄弟であり、その創業者の孫が前述の『シラノ・ド・ベルジュラック』のプロデューサーであった。そしてシュルンベルジェ社の重役室には、現代のラザール・フレールの企業買収王フェリックス・ロハティンが座っている。こうしてエッフェル塔の下に群がるフランス財閥がヨーロッパの石油を動かしているという、想像もできない世界を見ることになったが、そう考えれば、エッフェル塔の鉄骨が油田のやぐらと瓜二つに見えてくる。

二百家族の役者が次第に揃ってきたようである。第一が銀行家、次に出てきたのが石油成金であった。このあとに続くのは何であろう。夜のシャンゼリゼ大通りには、ドゴール広場に立つ凱旋門に向けて洪水のように自動車の波があり、ヘッドライトが広い坂道をおおいつくしている。そこから一歩裏道へ入れば、なまめかしいヨーロッパの夜が展開し、旅人を誘惑する。この自動車の群れは、プジョー、ルノー、シトロP564エンの華麗な行進である。しかし彼らもまた、石油やガスを燃やしながら情熱を燃やしてきた。二百家族がこの金の卵を放っておくものだろうか。(中略)

フランスの自動車業界と言えば、プジョー、ルノー、シトロエンだけでなく、さらに自動車狂がよく知っているのは、タイヤ・メーカーとして一九九〇年七月現在、世界第二位のミシュラン社である。本書刊行の頃には、トップのグッドイヤーを抜いて一位になっているかも知れない。アメリカのユニロイヤル・グッドリッチ・タイヤを買収することですでに合意に達し、アメリカ連邦取引委員会の認可がおりれば、あのゴム・タイヤをつないで作ったシンボル・マークの人形"ビベンドゥム"で知られるミシュラン社のタイヤが、世界の道路を一番よく転がることになる。

もう一社、古くからの自動車マニアが知っている「パナール自動車」がある。今ではシトロエンに吸収され、そのシトロエンがプジョーの傘下に入ってしまったが、ダイムラーの技術を導入したフランス最古の自動車会社パナールは、フランスの死の商人、ミラージュ戦闘機を開発したマルセル・ダッソー(tw,相参1相参2tw)育ての親であった。プジョー、ルノー、シトロエン、ミシュラン、パナール…まさかとは思うが、系図48を描いてみる。いやな予感は、得てして的中するものだが、きわめて簡単な一筆描きによって、創業者が全員ロスチャイルド家の閨閥、特にラザール・フレール創業一族に取り込まれていた。(中略)

近代文明のシンボル・自動車とヨーロッパ名門貴族ロスチャイルド---このような関係には一瞬の違和感を覚えるが、近代的な大馬力エンジンを持った自動車がドイツ人のベンツとダイムラーによって開発されたあと、ダイムラーの特許をフランス人のパナールとプジョーが買い取ってから、世界の自動車実用化の歴史はスタートした。時代は、映画の開発と同じ十九世紀末であった。フランスの大工業家プジョー一族のピエール・アルマン・プジョーの場合には、鉄工所などの長い経験から、直ちに実用的な自動車の生産に突入していった。ところがまだ高級品という世界であったから、この時代に技術者が求めたのは、金に糸目をつけずに開発費をポンと与えてくれるパトロンであった。この辺りで、ロスチャイルド一族が"買い手"として、また、"パトロン"として、両方の面で自動車の業界を創り出していったのである。

フランスのプジョー工場で製造された自動車が海を渡ってイギリスに着いたのはさらにそのあとのことで、ロールス・ロイス創業者のひとり、チャールズ・ロールスが一八九五P565年にプジョーの三・七五馬力の自動車を購入したとき、イギリスで自動車を持っていたのはわずか三人であった。そのひとりが「ウェストミンスター銀行」の創立者として紹介したデヴィッド・サロモンズ、つまり金融王ネイサン・ロスチャイルドの甥である。こうして、イギリスでは王室オートモビル・クラブの母体となる自動車協会を、ネイサンの孫レオポルドが創立した。

現代でも、ロールス・ロイスが航空エンジン部門と自動車部門に分割されてからは、この自動車のオーナーがロスチャイルド財閥の兵器会社ヴィッカースとなり、航空部門は「ロスチャイルド銀行」重役のトゥームズがロールス・ロイスの会長をつとめ、もうひとりの会長キンダースレー卿がラザール・ブラザーズの会長を兼務してきた。フランスでは、石油王アンリ・ドイッチと共に、オランダ出身の名門貴族ヴァン・ズイレン男爵がオートモビル・クラブを創立したが、彼の結婚相手は"ブリオッシュ"というあだ名の女性であった。卵とバターをたっぷり使って、丸々と焼きあげたパンのことである。(中略)

一九九〇年代の西ヨーロッパの自動車業界は、トップに立つドイツのフォルクスワーゲン(VW)、に僅差で続く二位フィアット、三位プジョー、四位フォード、五位ゼネラル・モーターズ(GM)、六位ルノーまで、販売シェアではほとんど変わらない激しいデッドヒートを展開している。このうちVWとGMを除けば、すべてが"赤い盾"の傘下で走っていることが系図から分かる。アメリカのフォード社も、ヨーロッパではラザール・フレール一族にハンドルを託している。タイヤのミシュラン社がシトロエンの株を大量に保有したのは一九三五年、イタリアのフィアットがシトロエンの株四九パーセントを買い占めたのが一九六〇年代末の状況であった。

シトロエン創業者アンドレ・シトロエンの父はオランダ出のダイヤの細工師であったが、そのユダヤ人一家が第一次大戦から工業分野に乗り出したのは、アンドレの息子マクシムがラザール・フレール一族と結婚したためであった。しかもシトロエン社が世界恐慌のなかで倒産したとき、ミシュランが救いの手をさしのべ、証券取引所でその株価が急騰するという信じ難いことが起こった。実はあの女詐欺師の銀行家、マルト・アノーの情報によって相場が狂乱したのであった。二代目マクシム・シトロエンが勤めていたのはロスチャイルド家のサガ海運であったから、どこを向いても王様はひとり。イタリアとドイツの自動車業界についてはそれぞれのお楽しみとしておくが、アメリカのGMの株を買い占めたのがチP569ャーチル首相の閨閥デュポン家であるから、世界は一つになっている。

(P568-)

P569 そして図の下段まで目を追ってゆくと、石油産業が飼っている巨像が姿を現わす。非鉄金属と化学工業である。ヨーロッパ最大のアルミ産業「ペシネー社」と、フランス最大の世界的な化学・薬品工業「ローヌ・プーラン」の両社とも、"リヨンの王様"と呼ばれるジレ家の手で育てられ、ことに一族のなかでも最高の権力者として知られたルノー・ジレが、ラザール・フレールの重役という肩書を持って活躍してきた。特にジレ家は、ロスチャイルド家にとって最強のライバルとして君臨してきた工業家であったはずだが、ペシネー社、ローヌ・プーラン社のいずれも、植民地への侵略と石油・原子力の世界でロスチャイルドと手を組まずには成長することも叶わず、一家族への統合が果たされた。

石油をめぐる争いと、そこから得られるガソリンを使う自動車の開発と、もうひとつ、石油を精製する化学工業の発達が同時に進行してきた。社会を動かす力は、二十世紀に突入した時、これらの産業に大きく依存していたのである。台風の目が、石油の販売網を握るロスチャイルド家と、エンジンを握るドイツ産業界にあった。この両者がアメリカ大陸では同じ陣営にあったが、ヨーロッパ大陸では不幸にして、対立する陣営にあった。(略)

P570 アルジェの戦い
P570 映画『アルジェの戦い』を見て、ほとんど知られていないフランス人の実像を知った。またベトナムの惨状を知って、それ以前にインドシナを侵略したフランス人の姿が浮かびあがってきた。そのとき、抽象的に"フランス人"と定義することが間違いであることは、自らの国を振り返れば分る。

P571 おそるべき大日本帝国の侵略史でも、何人かは抵抗して殺された日本人がいた。国民を戦争に駆り立てるものは常に利権無知である。"アルジェリア戦争"と"インドシナ戦争"の場合、戦争犯罪人を知るには、それぞれの土地で原住民を牛馬のように酷使した商人銀行家の名前を調べなければならないであろう。彼らが最大の利益を懐にしてきたからだ。

ところが従来の歴史は、政治家と軍人だけを調べて断罪し、商人と銀行家を野放しにしてきた。(略)

(P580-)

P580 たとえばトマトを投げつけられたギイ・モレ首相は、アルジェリア人を弾圧しただけでなく、この戦争の最中に、もうひとつの戦争を引き起こした男であった。イスラエルの節で触れた一九五六年のスエズ動乱である。"砂漠の秘密協定"の図(系図40)では、マクマホン書簡、サイクス・ピコ条約、バルフォア宣言というイギリスの三枚舌(相互参照)の側面からスエズ問題を論じ、イギリス側の首相イーデンだけを登場させたが、シェルの石油輸送という観点から見ると、スエズ運河がエジプトに国有化されたことは、フランス側にとっても同じように深刻な問題であった。

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