P29 岸が早くから陸軍の中枢と太いパイプがあったのは、大川周明が説く、大アジア主義に傾倒していたことに端を発していた。
P45 「甘粕は、国民党の一部とも繋がりができそうですな。阿片を売りさばくルート拡大には不可欠と見て、かなり上の方にも買収工作しているみたいだ。もっとも国民党政府側にすれば、『支那人』が阿片漬けになるのは困るが、不平不満をつのらせたり、P46反乱を起こしたりしなくなるから、支配しやすいという利点があるわけだ」(略)
じつは甘粕より先に、上海にいる里見甫という男が、すでに南京の国民党政府が直轄する、阿片販売の総元締めを押さえて売り捌いていた。里見は九州福岡の出で、若いときから大陸でジャーナリストとして活躍していた男だが、その経歴が関東軍から目を付けられ、満州国の国策新聞の社長を務めていたことがあった。だがその後、大陸での顔の広さと情報通を買われて、今度は、満州国民生部と関東軍が陰で操作している阿片密売ルートを一手に引き受けていた男である。
里見は、表では阿片を禁止しながら、裏では販売を促進して資金調達している中国P47という国の二重構造の図式もよく知っていたし、しかも、それが幾層にも分かれて絡み合っている、裏の事情にも精通している男だった。「北支那人には表の顔と裏の顔があるから、豊富な資金さえつぎ込めば、彼らの心まで操作できる」と、里見はよく言っていた。だが、「仁」だ「義」だといった、儒教精神が根底にある独特の思考など、もうこの国にはないと思い込んでいた日本人たちが大勢いた中で、逆にそこに目を付けたが、甘粕正彦だった。
甘粕は、彼らの複雑怪奇な力学関係を巧みに利用しながら、豊富な資金とカリスマ性を武器に、中国軍や地方軍閥に食い込んで、新しい密売リートを開発しようとしているように、岸には思われた。「甘粕という男には、確かに不思議な魅力があるkらね。あれは苦労したせいもあるだろうが、使える男だよ」岸はそう言って、伊藤と古海の方に視線を移した。だがその目は、里見の阿片上海ルートに歩調を合わせながら、甘粕独自の南京工作が、蒋介石の身辺近くまで及んでいることを、読み取っているように見えた。
P90 彼らが「座して服従を待つより、立ちて行動に移そうではないか」と言うところを、大杉流では「われわれをして、いたずらに恍惚たらしめる静的美とは、もはや没交渉である。われわれはエクスタシーとアンツゥジアスム(熱狂)を生じせしめる、動的美に憧れたい」といった具合である。