2019年3月8日金曜日

偏愛メモ『赤い盾』3.12 悪魔の詩 P821-867(随時更新)


P821 ジャーナリズムの世界で、過去に大きな問題となってきた事件は無数にある。フランスでは今世紀の初め、かつて首相だったジョゼフ・カイヨーが大蔵大臣となったところ、"フィガロ"紙の編集長ガストン・カルメットから執拗な攻撃を受け、なんと大臣の妻がこの編集長を射殺するという大事件、いわゆるカイヨー事件が起こった。ドイツでは、"シュピーゲル"に官憲が乗りこみ、アメリカでは"ニューヨーク・タイムズ"と大統領がすさまじい闘いを展開した国防戦略の秘密報告書の事件・・・

最近では、イギリスのペンギン・ブックスから出版されたサルマン・ラシュディーの小説『悪魔の詩』が、イスラム教の預言者マホメットを冒瀆し、そのためイランのイスラム最高指導者ホメイニ師が作者に死刑を宣告、全世界のイスラム教徒がラシュディー処刑を求めて動くという事態を招いた。一九九〇年代に突入しても、中東をめぐるアラブ人とユダヤ人の問題として、文字通り全世界のジャーナリズムを巻き込み、しかも国交断絶などの政治紛争に発展したまま、この事件は解決を見ていない(tw)。

わが国では、その日本語訳をした人物が殺された。これはただの事件でなく、世界のジャーナリズムがどのような支配構造にあるかを明確に証拠づける、きわめて根の深い事件である。しかも中東の状況は深刻である。版元のペンギン・ブックスをもしロスチャイルド家が握っていれば、そしてもしそのロスチャイルド家が欧米のジャーナリズムのほとんどを握っていれば、この事件を見るわれわれの目は変わってくる。

まず『悪魔の詩』事件を深く追跡してから、人間を洗脳するテクニックと世界的メカニズムを分析してみよう。(略)


P822このメカニズムについて系図付の具体的な証明ができなければ、人間は何百回でも同じ扇動者の口車に乗り、三流評論家だけが喋りまくる現在の愚を続けることであろう。目の前にいるこの連中は二年か長くとも十年で使い捨てられる哀れな運命にあるが、雇うほうは数百年の歴史を持つ財閥である。(略)

『悪魔の詩』の作者サルマン・ラシュディーは、Salman Rushdieと書き、ラシュディーあるいはルシュディーとも発音されるが、"死に急ぐ"という意味にとれる奇怪な名前である。事件の鍵を要約すると、以下のようになる。一九八八年に出版されたこの小説は、
主人公がインド人の映画俳優で、イギリスに漂着したあと大天使[ガブリエル]をもじったギブリールという人間に生まれ変わるが、そのあと夢のなかで旅を続けてゆくという物語。そしてあらゆる場面にイスラム教を冒瀆するこのような[固有名詞]が使われ、現代のアラブ人を軽蔑する筋書きであった。主人公は邪悪な人間となり、たどり着いた町はジャヒリア[無知]であり、そこに預言者マハウンド[マホメット]が登場する。

その町の売春宿には、マホメットの実在の妻と同じ名を持つ十二人の売春婦がいるため、男たちが列をなして宿は繁盛してゆく。マハウンドは悪魔にそそのかされて「コーラン」を創作し、ホメイニ師とそっくりの人物が革命をなしとげたあと、民衆を呑み込んでしまうのである。つまりマホメットは"ろくでなし"の詐欺師であり、コーランは神の啓示ではなく、その詐欺師が書いた創り話にすぎないもので、それを信ずる愚かなアラブ人は悪魔に呑まれて地獄に堕ちるであろう・・・
このような小説であった。(略)

それでも「イスラム教徒に苦痛を与えた」という謝罪声明を発表しながら、書籍を回収するでもなく、相変わらずベストセラーによって莫大な収入をかせぐ矛盾した行動をとり続けてきた。出版社が一九九〇年までにラシュディーに支払った金額は八十五万ドル、日本円で一億二千万円に達するものであったが、ベストセラーとなったのは、勿論この取るに足らない内容の小説の力によるのではなく、社会問題となったため、ユダヤ人の勢力が本を購入したという演出がなされたものであった。

このような行為こそ、ユダヤ人を軽蔑する反ユダヤ主義の温床であり、誰が考えても愚劣な文化としか見えなかった。誰かが旧約聖書に材をとってモーゼと売春宿の物語を書けば、ユダヤ人は礼賛するのだろうか。

その代表として名乗りをあげたのが、イギリスの新聞王ロバート・マクスウェルであった。マクスウェルは、イランのホメイニ師のラシュディー死刑宣告はモーゼの十戒のうち第六の戒め「汝、殺すなかれ」に反するものだとし、言論の自由を弾圧するホメイニ師を悔い改めさせるのに成功した者に、賞金十三億三千万円余りを支払うという声明を発表した。ラシュディーに対する懸賞金の倍額である。(略)問題の深刻さをもてあそぶ態度がイスラム教徒のあいだで一層の怒りを買った。ホメイニ師の後継者となったイランの最高指導者ハメネイ師は、中東が緊迫する一九九〇年十二月に「ラシュディーに対する死刑判決は現在も有効である」という声明を発表した(マクスウェルは翌九一年十一月に怪死)。

問題は明らかにユダヤ人の側にあり、誰ひとりこの小説の出版をいさめる声を出さなかったことに、ユダヤ人そのものの理性に疑いを抱かせるという経過をたどってきた。ことに出版を煽ったマクスウェルは、正確にはイアン・ロバート・マクスウェル、生まれた時の名前はヤン・ルートウィック・ホック、その後、両親をアウシュヴィッツで殺され、ヨーロッパ各地を転々としながら数度にわたって名前を変えたユダヤ人マクスウェルである。

イギリスでは大衆紙と高級紙という奇妙な新聞界の分類がおこなわれているが、大衆紙のほうが圧倒的に大きな部数を誇っている。その大衆紙のなかでこれも圧倒的な部数を占めるのが、オーストラリアのメディア王ルパート・マードックの"ザ・サン"(一位)と、このマクスウェルの"デイリー・ミラー"(二位)である。

この両人は、一九八九年に激動の東ヨーロッパに乗りこみ、マードックがハンガリーの週刊紙と日刊紙を買収すれば、マクスウェルがハンガリーの政府機関紙"マジャール・ヒルラップ"の四割を買収してしまった。翌年におこなわれたハンガリーの選挙で、ユダヤ人の自由民主連盟が第二党という大量の票


P824 を獲得したのは、マクスウェルたちの功績であると言われている。

新聞の影響力はそれほど大きく、時には正義のために活躍し、時には危険な道具と一変する。マクスウェルがハンガリーに進出したのは、第二次世界大戦前にブダペストで地下活動の使い走りをしていたことがあるためだが、その地下組織の源流は、第一次世界大戦で敗れたハプスブルク帝国にある。

つまりロスチャイルド一族に金融支配されたオーストリア・ハンガリー帝国の歴史と無縁ではなかった。現代に激動するこの地方の潮流は、ハプスブルク帝国時代の東ヨーロッパに向かっている。独裁者チャウシェスクが処刑されたルーマニアで、北部のトランシルヴァニア地方の民族問題が激しく燃えさかってきたのも、かつて一帯の鉱山利権を支配していたのがハンガリーのハプスブルク王朝であったことに起因している。

ヨーロッパ議会では、すでに一九九〇年からオットー・フォン・ハプスブルクを立候補させる動きが伝えられ、旧ハプスブルク帝国の領土であったイタリア、ハンガリー、ユーゴスラビアと本家オーストリアの四か国が外相会議を開くなど、百年前の世紀末ウィーンを思い起させる大きな波がヨーロッパ大陸を洗っている。(略)

P825 そしてシュプリンガーは、ロバート・マクスウェルを使ってイギリスに「パーガモン・プレス」という出版社を設立した。このとき、不思議なことが起こった。設立してわずか二年後の一九五一年、パーガモン・プレスの株75パーセントを、使用人であるはずのマクスウェル個人が握ってしまったのである。

"貧しいユダヤ人"にそのような大金があるはずはなかった。実はその時、マクスウェルが借金をした相手は、またしても"赤い盾"ハンブローズ銀行の会長チャールズ・ハンブローであった。イタリア最大の銀行サンパウロ銀行を支配し、バチカン銀行を動かすチャールズ・ハンブローについて説明したばかりだが、この同名の両人は親子である。

マクスウェルはこの父親のほうのハンブローから借金し、そのあともあらゆる局面でハンブローズ銀行から力を得て、そのたびに大きな首輪をはめられて今日に至っている。

(P826-)


  戻る→『赤い盾』3.12