(P278-)
(P282 エリートたちのマルクス主義)
P282 カール・マルクスはこう述べている。「政治権力とは、ある階層が別の階層を服従させておくために、力を組織的に利用することである」(tw)
P283 この思想の推進者たちが日々論じているのは、困窮する人々(プロレタリアート)のことばかりだ。だが、その指導者たちに貧困層や下層階級の出身者はいない。指揮を執るのは必ず高い教育を受けた者と知識階層である。(略)
社会主義にまつわる偉大な神話では、この思想は貧しい人々を助けるために出来たとされている。そして最終的には、政府も政治も軍隊も必要としない、階級のない社会になるという。(略)
これまで権力者の中で、自らその地位を捨てて貧しい人たちと立場を替わろうとした者がいただろうか。そんなことはあるはずがない。とりわけ権力と支配を望む一番の動機が貧民への支配と軽視である場合はそうだ。
共産主義と社会主義は富の再配分など行わない。この主義の政府形態は、超富裕層がさらなる権力を手にするための、複雑な道具にすぎない。ロシアのボルシェビキ革命の組織化はモスクワで行われたのではない。ニューヨークやパリ、ロンドンだったのだ。
(P284)
(P286-292 アメリカ人がボルシェビキ革命に金を出した理由)
P287 このようにボルシェビキ革命の資金を提供したのは超裕福な西側の資本家であり、そのうち何人かはアメリカ人だった。共産主義運動の中核部分は、独占志向の資本主義者たちと、国際的な社会主義運動の間で結ばれた提携関係で成り立っていたのである。最も激しく共産主義に反対すべきアメリカ財界人たちが、実は究極の敵に金を流していた。こんなことがどうして起こり得たのか。
自国の利益を裏切るアメリカ人たちは、一八○○年代後半に銀行業や保険業、鉄道業、製造業を通じて富を貯め込んでいた。彼らは、自由な企業制度の中で信じられないほどの富を築いた。それでもなお、現実では自分の支配的立場を脅かすものはすべてを排除しておきたい独占主義者である。
悪名高いジョン・D・ロックフェラー一世は「競争は罪だ」とまで言い切っている。(関連(1、2)→ピーター・ティール「競争は負け犬がするもの」)
こうして資本家たちがボルシェビキ革命に資金提供しようとした理由は、彼らが好むこの「独占」にある。共産主義と社会主義では、政府が唯一の社会運営者であるため、明らかに独占の形態になるのだ。
P288 政府を支配するのは誰なのか。国家に利子付きで金を貸し、中央銀行を支配し続ける、国際銀行家たちである。内密の「寄贈と寄付」、つまり賄賂を渡し、裏取引にも協力すれば、経済システムが陰に潜む連中に最適となるよう操作される仕組みのことだ。
さらに酷いことに、この者たちは一九一四年の第一次世界大戦開戦の企画にも、そして一九一三年の犯罪的な連邦準備制度や連邦所得税(tw,相互参照)の立ち上げ時にも関与していた。
参照→『赤い盾』2.4ジェームズ・ボンド『女王陛下の007』
参照→連邦準備制度の必要性
その後の第二次世界大戦前、ナチスの権力掌握に際しても金を出していた。こんなに抜け目のない人間たちとは誰なのか。そう、ロスチャイルド家、ロックフェラー家、シフ家、ワールブルク(ウォーバーグ)家、モルガン家、ハリマン家といった資本家たちだ。
参照→『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』
参照→『赤い盾』2.5 カリガリ博士とマブゼ博士
マックス・ウォーバーグとアレグザンダー・ヘルプファンドが、ドイツ人では初めてヨーロッパで金に関する仕事を始めた人物だった。またウォーバーグのほうは、フランクフルトにあるロスチャイルド家の隠れ蓑銀行も経営していた。彼の弟パウル(相互残照)は連邦準備制度の設立に尽力した。ヤコブ・シフはクーン・ローブ商会の共同経営者であり、結婚を介して、恐ろしいウォーバーグ・ファミリーとの繋がりも作った。以下は、支配者たちからボルシェビキに資金が送り込まれた具体例である(tw)。
・イギリスのアルフレッド・ミルナー卿は、セシル・ローズが設立した「円卓会議」の長も務めていた。ローズはオックスフォード大学のローズ奨学金で有名だ。また円卓会議はP289ロスチャイルド家の隠れ蓑であり、アメリカの外交問題評議会の前身でもある。そのミルナー卿は二一〇〇万ルーブルをボルシェビキ革命に投じた。
・大実業家アヴェレル・ハリマンAverill Harrimanは一九四四年六月に、ヨシフ・スターリンが自慢げに、「ロシアのインフラのおよそ三分の二はアメリカからの援助で構築したと話した」と述べている。
・レーニンは一九〇四年にニコライ二世に国を追われるが、その後、一族を中心としたドイツの銀行家たちが彼に五○○万ドル入りのスーツケースを渡し、二等列車と船でロシアに帰国させて革命(暴動)の任務を遂行させた。→参照『ロックフェラー帝国の陰謀(The Rockefeller File)』、参照2
・一九一八年二月二日付の「ワシントン・ポスト」紙によると、ニューヨーク連邦準備銀行総裁ウィリアム・B・トンプソンがボルシェビキに一〇〇万ドルを提供した。
・ソ連最初の銀行は、J・P・モルガンが自身のモルガン・ギャランティー・トラストを通じて運営していた。(略)
(P291-ロスチャイルド家、ヤコブ・シフ、ジョン・D・ロックフェラーについて)
(略)
(P292-)
P292 最近まで大英博物館には、三代目当主のネイサン・ロスチャイルドからカール・マルクス宛てに作成された、二枚の小切手が展示されていた。アメリカでは、ロスチャイルド家の取引はクーン・ローブ商会の銀行を通じて行われた。一方JPモルガン商会は、その頃はまだ新興勢力だったジョン・D・ロックフェラー一世のスタンダードオイル社、エドワード・ハリマンの鉄道会社、アンドリュー・カーネギーの鉄鉱工場に資金援助をしていた。
一九〇〇年になると、ロスチャイルド家は全世界の富の半分を支配していると見られていた。アメリカ人銀行家ヤコブ・シフは、ボリシェヴィキ革命が結実するよう全力を尽くした。ロスチャイルドの代理人だったシフは、一八〇〇年代半ばに、名のあるクーン・ローブ商会の経営を引き継いだ。そして新興のジョン・D・ロックフェラー、エドワード・ハリマン、アンドリュー・カーネギーに資金を提供していた。
シフはまた、前述したとおりボリシェヴィキ運動のためにも二〇〇〇万ドルを投じていた。何と二〇〇〇万ドルである。さらにパスポートのないレオン・トロツキーをアメリカに連れてきた。国際逮捕状が出ていたトロツキーがカナダで勾留された際には、アメリカ当局を仲介役に充て、彼を釈放させたのである。
その後トロツキーはロシアに戻ると、ドイツ人銀行家マックス・ウォーバーグから莫大な資金を調達した。それをボルシェビキ革命を起こすロシアの陰謀グループに回した。P293シフは外交問題評議会(CFR)の資金調達にも手を貸している。また一九一二年のウッドロー・ウィルソンの選挙運動では多額の献金をしている。
一九二五年、ジョン・D・ロックフェラー一世は広報担当のアイヴィー・リーに命じ、共産主義をアメリカ報道界で持ち上げさせ、好意的な報道がなされるようにした。この報道攻勢が奏功して、一九三三年にはアメリカ政府が公式にロシアを承認するに至った。
アメリカは連邦準備銀行をも介してボリシェヴィキ革命に不法に貸し付けを行っていた。またアヴリル・ハリマンと(ロックフェラーの)スタンダード・オイル社も、同じく貸付していたロンドンの円卓会議のミルナー卿とともに、共産主義運動家やロックフェラー支配下のチェース・マンハッタン銀行と貿易協定の交渉をしていた。一九二二年、チェース・ナショナル銀行がロシア商工会議所を設立する。
ユースタス・マリンズは著書『世界秩序』"The World Order"の中でこう書いている。「ロックフェラー家はソビエト連邦の"大統領一家"だと呼ばれることがある」タイム誌は現当主のデイヴィッド・ロックフェラーについて次のように書いている。「ところが、アメリカの支配階級で事実上トップにいる彼としては、大統領の座というのは降格になると言われていた」
スタンダード・オイル社は一九二七年に、ロシアのコーカサスに石油精製施設を建設した。