P5 一九六六年、米国で「世界の権力構造を解明した作品」と大書された『悲劇と希望(Tragedy and Hope)』が刊行された。「現実世界を牛耳っている人々の心を理解したいなら、その心を形づくっている著書を読むといい。金融資本主義権力が抱く遠大な計画は、各国の政治体系と全世界の経済をみずから牛耳ることができる世界的な金融支配体制の構築に他ならない」、そう語ったのは著者、ジョージタウン大学歴史学教授キャロル・キグリーである。
だが、千三百ページを超えるこの大著は、凡百の歴史とは異なっていた。なぜならキグリー教授は、自他ともに認める「国際秘密ネットワーク」の一員であり、本書の執筆によってその権力構造の最高機密を暴露することになるのを自覚していたからである。
ちなみにキグリー博士はビル・クリントン前大統領の学生時代の指導教授であり、一九九〇年代に復刊された新版には「私は、キャロル・キグリーという学者が解き明かしてくれた真実の言葉を聞いた」という推薦の辞を寄せている。刊行後ほどなくして、『悲劇と希望』は全米の書店から消えた。権力の中枢がキグリー博士の暴露を時期尚早と判断したからだ。そして一九七〇年、本書の原書である『裸の資本主義(Naked Capitalist)』が、長年FBIに奉職し、「警察の化身」の異名をとるW・クレオン・スクーセンによって刊行された。(略)
1 誰が世界制覇を企てているのか P20-24(tw)
P24 私はベンジャミン・ディズレーリ(相互参照)の言葉を思い出した。「世界は舞台裏を知らない人々には想像もつかない別人によって支配されている」私は、「世界中の出来事を意のままに操っている少数だが強力な支配者グループが舞台裏にいる」と指摘する英国情報部の報告書は傾聴に値すると思い始めた。
(略)
P26 博士は、親切心から、自分の首にかけられている縄に抗うなと人々に警告しているのだ。もし抗えばきっと自分の首を絞めることになる。逆に、みんながうすうす感じている底知れぬ圧力と折り合いをつけられれば、人間が作り出す平和と繁栄の千年王国でのうのうと暮らしていけるはずだ。
著書をつうじてキグリー博士は、善意にあふれている舞台裏の黒幕が信用に足ると私たちに保証している。彼らこそ世界の「希望」である。彼らに抗う人々はみな「悲劇」である。これが著書のタイトルのいわれである(相互参照,tw,tw,tw,tw)。
(略)
49 共産主義支援の背後にある理由付け P91-93
P91《五十年以上前にモルガン社(相互参照)は、米国の左翼政治運動の内部に食い込むことを決定した。だがそれは、どちらかと言えば簡単な仕事だった。左翼陣営は資金不足に泣き、国民に訴える力を求めていたからだ。ウォール街はその両方を備えていた。目的は破壊や支配、乗っ取りではなくて、まさしく次の三点にあった。P92
- 左翼あるいはリベラルグループの考え方に通じること。
- 彼らに適度な攻撃材料を与えて"エネルギーを発散させる"こと。
- もし"行き過ぎ"があれば、彼らの宣伝や活動を禁じること。
《モルガンにとってすべての政党は利用すべき組織にすぎなかった(tw)。モルガン社は慎重にあらゆる陣営に食い込んだ。モルガン本人はドワイト・モローと、他の共同経営者は共和党員と同盟を結んでいた。ラッセル・C・レフィンゲルは民主党員と、グレーソン・マーフィは極右と、トーマス・W・ラモントは左翼と組んでいた。図書館、博物館、美術に寄せるモルガン家の関心と同じように、米国と英国に対する隔てのない忠誠、貧者に対する社会的奉仕の必要性の認識、多党派的な政治の関わり方といったモルガン社の方針も、元をたどれば始祖ジョージ・ピーボディ(一七九五--一八六九)に行き着く。
彼のおかげで、今日の米国では一般的だが、ピーボディ財団を後ろ楯にしたピーボディー図書館や博物館の支援など、非課税財団を隠れ蓑にした活動のコントロールが広まった。不幸にもP93あまり知られていないこの話題に割く紙幅はないが、私たちの話はそれ以上大掛かりなものであることを肝に銘じておいていただきたい》(九四五頁)
50 ラモントはさまざまな共産主義プロジェクトでモルガンを代表した P93-94
P93《現在の私たちの関心は、ウォール街と左翼、なかでも共産主義者との結びつきについてである。いちばん密接に結びついていたのはとーます・W・ラモント一族だった。この一族はストレート一族と共通点が多い。トム・ラモンとがモルガン社に引き抜かれ、数年後ストレートは、一九〇九年以降モルガン社の共同経営者を務めるヘンリー・P・デビソンに引き抜かれた。ラモントは一九一○年に、ストレートは一九一三年に共同経営者となった。二人の妻も左翼を支持するスポンサーとなり、二人の息子のうち長男は型どおりの銀行家に、弟は左翼シンパおよびスポンサーとして活動した
あらゆる証拠に照らし合わせると、トム・ラモントは、ストレートが早逝した一九一八年に後任者として左翼を担当したモルガンの"使徒"にすぎない(tw)。二人ともリベラル系出版物に資金援助し、ラモントは一九二○年代から三〇年代にかけて『サタデー・レビュP94ー・オブ・リタラチュア』を支援し、一九一八年から一九二四年にかけてニューヨーク・ポスト社主となった》(九四五頁)
51 ラモント家は共産主義者の活動拠点を援助した P94-95
P94《しかし、最大の証拠は下院非米活動調査委員会(HUAC)のファイルに収められている。それによるとトム・ラモントと妻フローラ、息子コーリスは何十もの極左組織のスポンサーとして資金を援助し、その中には共産党も含まれていた。
二つだけ述べておく。そのひとつ、ニューヨーク市にある共産主義前線組織のトレード・ユニオン・サービス社は、一九四七年にCIO加盟組合のために一五の労働組合新聞を発行した。その理事には、コーリス・ラモント、フレデリック・バンダービルト・フィールド(ウォール街と共産主義者とをつなぐ別ルート)が顔を並べた。
フィールドはニューヨークの共産主義系新聞デイリー・ワーカーやその雑誌ニュー・マスズの編集役員を務め、一九二九年から一九四七年にかけて共産主義者と太平洋問題調査会の架け橋となった。コーリス・ラモントは一九二○年代に設立された別の共産主義組織である「ソ連の友」の指導的人物だった。
この組織は一九四三年にラモントを社長兼筆頭設立者に据えて、全米アP95メリカソビエト友好協会へと衣替えした》(九四五~九四六頁)
ラモント家は活動を暴露しようとする米国政府をはねつけた P95
《ここ二〇年以上の間、コーリス・ラモント(トム・ラモントの息子)は両親から全面的に支援を受けて"シンパ"グループの重鎮となり、こうした組織やウォール街名士の息子の立場、あるいはコロンビア大学哲学科教授としての交遊関係のなかで、ソビエトの意見を代表するスポークスマンとなった。
一九四六年、コーリスは、HUACに召喚されて全米アメリカソビエト友好協会について宣誓供述を求められた。彼は証言の記録を拒否し、召喚され、また拒否したあげく議会軽視で告発され、一九四六年六月二六日下院に出頭を命じられた。逆風は続いたが、トーマス・ラモントが一九四八年一月六日に遺言を書き直しても、コーリス・ラモントは何千万ドルという父の遺産の共同相続人から外されなかった》(九四六頁)
52 モルガン・ロックフェラー・カーネギー財団は中国を共産主義陣営に売り渡した P96-97
53 太平洋問題調査会は極東における米国の外交政策の決定権をどのようにして握ったか P97-98
54 キグリー博士は事実を認めるが、明白な背徳行為による破滅的結果を曖昧にする P98-99
55 議会による太平洋問題調査会の審査であきらかになったこと P99-102
56 中国人の利益については言うまでもない P102-103
57 キグリー博士は反共産主義者がまったく的外れであると語る P103-104
58 ジェローム・グリーンはロンドン-ニューヨーク枢軸の頂点にいかにして登りつめたか P104-105
59 ジェローム・グリーンこそ太平洋問題調査会というクモの巣の主である P105-106
P96/ 98
P100 P102/ 104/ 106
P200
93 ゴールドウォーターキャンペーンが新旧富裕層の戦いであるというキグリー理論 P200-202
(略)
キグリー博士は無骨な田舎者、プチブル、無知な「新富裕層」という雑多な取り合わせがグローバル・エスタブリッシュメントという都会的ペテン師にかなうわけがないと断言する。博士は、育ちの悪いこうした米国民の代表が、現代世界に脅威を与える「新孤立主義者」であると見ている(tw)。
(略)
94 ビルダーバーグ・グループ---キグリー博士が示す国際エスタブリッシュメントの一例 P203-209
P202/ P204/ 206/ 208
監訳者解説 太田龍(陰謀論者)
P234 渡部悌治著『ユダヤは日本に何をしたか』(成甲書房刊)に、「日支那闘争計画」について述べられてある。これは、第一次世界大戦後、日本のシベリア出兵時に陸軍が入手した資料にもとづく文書であって、一九一八年九月、モスクワで開催されたユダヤ=共産党の国際会議で採択されたという。日本と中国を衝突させ、両方共倒れに導き、ともにユダヤ=共産主義=イルミナティの支配下に置くとの長期化計画であるとされる。IPR(太平洋問題調査会)はこの極秘の「日支那闘争計画」を実行に移すべくウォール街中枢によって組織された、と見なければならない。